丸の内/三菱一号館美術館《ルノワール✕セザンヌ》を鑑賞。ルノワール作品を中心に。

展覧会

会期は5月29日から9月7日までのロング・ラン❣ 観覧料は一般2,500円、大学生1,500円。

開幕初日に来館。本展は、展示室により、あるいは展示作品により、撮影可・不可が混在しています。出品リストは会場内に掲示されているQRコードから取得する方式。印刷物の配布はありません。

当ブログでは、若い頃から好んで鑑賞してきたルノワール作品を主に取り上げてみました。撮影できた範囲内で印象に残った展示作品をご紹介しましょう。尚、茶色の文字は、展示室内の解説ならびに作品キャプションより(一部)引用しました。

ルノワールとセザンヌ (前略) 1860年代の初め、印象派の画家たちを通じて、両者は知り合いました。彼らの間にはお互いを認め合う友情が芽生え、生涯にわたり良好な関係が続きます。例えば、1882年にルノワールは南仏レスタックのセザンヌの拠点を訪れ、滞在しながら制作を行いました。(以下、割愛)

ピエール=オーギュスト・ルノワール 1881年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

(前略) 本作品は、ルノワールが友人ポール・ベラールやその家族とともに滞在していた際に描かれたものである。ベラール家では、食事の際にこのような白いデルフト陶器の食器がよく使われていた。背景には、青、赤、黄、緑色によってなにかの模様が描かれていることから、壁紙ないし壁クロス、またはタペストリーが配されている可能性が高い。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《桃》 1881年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

《花瓶の花》と迷いましたが、エピソードが紹介されている本作を取り上げてみました。クロス上に置かれた桃が、陶器皿に盛られた桃と等しく、モティーフとしての役割を担っています。皿から転がり落ちたようには見えず、時間的経過を表現している訳ではなさそう。両者の関係性に何らかの意図があるのでしょうか。静物画によく見かける手法ですが、その理由を知りたくなります。背景を特定することは、ルノワール作品に限らず難しいですよね。

※ ネット検索。デルフト陶器についての解説を見つけましたので、リンクを貼っておきます⇓

デルフト焼の歴史|ブラートオランダ貿易
デルフト焼の歴史をご紹介致します。

戸外制作 (前略) ルノワールにとって、戸外制作はモネやアルフレッド・シスレーとともに手がけた重要な試みであり、例えばセーヌ川沿いのルーヴシエンヌなどが制作場所となりました。彼の作風が明るい画面へと変化したのは、この戸外制作の試みによります。(以下、割愛) 

ピエール=オーギュスト・ルノワール イギリス種の梨の木 1873年頃 油彩/カンヴァス  オルセー美術館

緑に満ちたのどかな景観は、シスレーやピサロら他の印象派の画家たちも魅了された、パリ郊外の町、ルーヴシエンヌの風景である。豊かな植生の合間に描かれた3人の人物が何をしているのか具体的には分からない。画面の枠を越えて広がる梨の木の大きさを示すために描かれているようだ。(以下、割愛)

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《イギリス種の梨の木》 1873年頃 油彩/カンヴァス オルセー美術館
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《イギリス種の梨の木》 部分す

ルノワールもまた、戸外制作に精力的に取り組んだ時期があるのですね。草木が生い茂っている様子、男性の麦わら帽子から季節は盛夏。3人のうち2人の人物探しが難問です。会場で鑑賞した時は、男性と向かい合うように佇む人物を認めたのですが、画像で確認すると、幹の質感を表現するために白色を使用したようですね。2人目は傍らにしゃがんでいる女性。見ようによっては2人の人物のようにも見えます。3人目はやや離れて小路の脇で日傘を差している女性。当て推量なので間違っていたらごめんなさい。ふむ、鑑賞者が自由に解釈する余地が大分残されていますな。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 若い男と少女の肖像 1876年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

本作品は、ルノワールの印象派時代のもので、瞬間の感覚を捉えようと試みた結果、スナップ写真のような雰囲気が生まれている。(中略) モデルの男性は、ルノワールの友人で美術評論家のジョルジュ・リヴィエールだと考えられる。(以下、割愛)

ピエール=オーギュスト・ルノワール《若い男と少女の肖像》 1876年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

本作も戸外制作でしょうか。戸外であれば、男女が密着するように並んでいても、そう不自然には見えないのですが…。蝶ネクタイを結んだ肖像画となると、屋内がセオリー? (特定することの難しい)背景は、庭園を思わせる草地のようでもあり、画家の単なる嗜好のようでもあり。キャプションにモデルの男性は、ルノワールの友人とあり、意外に感じました。少女と同世代の大人びた少年にも見えます。

ポール・セザンヌ セザンヌ夫人の肖像 1885−1895年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

ポール・セザンヌ《セザンヌ夫人の肖像》 1885−1895年  油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

本作品は非常に見応えがあります。さすがはセザンヌ!という画風。襟高の青いドレスに身を包んだセザンヌ夫人は貞淑かつ厳格な印象。顔に施された陰影や目元に、グレーがかった青色が使用されています。デフォルメされた背景とは好対照に描かれた、しっかりした造りの椅子が、画面に安定感をもたらしています。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《長い髪の浴女》・《風景の中の裸婦》の展示風景

ピエール=オーギュスト・ルノワール 長い髪の浴女 1895年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

(前略) 本作品に類似する絵画作品が、アルバート・バーンズによって収集されたアメリカのバーンズ財団に所蔵されている。ポール・ギョームは、バーンズのフランス近代絵画の作品購入に協力していた。ギョームとバーンズの2人がよく似たルノワール作品を所蔵していたという事実は2人の関係性を示唆する興味深い事例である。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《長い髪の浴女》1895年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

裸体を布で隠しているようでいて、実のところ殆ど隠れていませんね。表現したかったのは、羞恥と奔放を併せ持つ女性のありのままの姿でしょうか。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 風景の中の裸婦 1883年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

本作は、ロココを代表するヴァトーやブーシェからの影響を色濃く示している。彼は晩年、「ブーシェの《水浴するディアナ》は、私が初めて心を奪われた絵であり、生涯を通じて初恋の人のように愛し続けてきた」と語っている。(以下、割愛)

ピエール=オーギュスト・ルノワール《風景の中の裸婦》1883年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館
ピエール=オーギュスト・ルノワール《風景の中の裸婦》部分

陸に上がったうら若き女性が、全身を拭き終え、最後に足の水気をぬぐっている場面が描かれています。ルノワールの真骨頂を思わせる見事な描写力! 鑑賞者の性別に関係なく、魅惑されそう…。

ピエール=オーギュスト・ルノワール ピエロ姿のクロード・ルノワール 1909年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

(前略) ピエロの衣装を着せられたこの肖像画について、末息子クロード(当時8歳)は、何度も父とやりとりをした苦い経験であったとのちに回想している。本作品の寸法や大理石の柱がある構図は、ルノワールが1892年にスペイン滞在中に見たヴェラスケスやゴヤによる王族の子供たちの肖像画の伝統に触発されたものとされる。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《ピエロ姿のクロード・ルノワール》1909年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

照明が反射しづらい角度から撮影しましたが、画面左上が光ってしまいました。悪しからず。クロード・ルノワールをネット検索。モネが60歳の時に誕生し、溺愛されたようです。女の子のような服装を強いられたことが苦い経験のようです。8歳の少年にドレスを着用させる訳にもいかず、このピエロ姿は妥協の産物でしょうか。男子の正装をさせれば、美貌際立つ立派な肖像画が完成したでしょうに…。

ピエール=オーギュスト・ルノワール ピアノの前の少女たち 1892年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館 

1890年代初頭、ルノワールは政府から初めての公的注文を受ける。このとき50歳代になっていたルノワールは、入念に構想を練り、制作過程で6点の大作(1点のパステル画と5点の油彩画)を制作した。(中略) 本作品は周囲のモティーフが簡略に描かれていることから、初期の習作と考えられる。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ピアノの前の少女たち》 1892年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館 
ピエール=オーギュスト・ルノワール《ピアノの前の少女たち》 部分

たとえ初期の習作であっても、拝見した途端、ルノワールと判る画題かつ画風です。惜しむらくは、やはり背景でしょうか。傍らに立つ女性は、少女とは思えない大人びた表情。ピアノを弾く少女に寄り添う姿は、若い母親もしくは姉のような雰囲気を持ち合わせています。

ポール・セザンヌ 庭のセザンヌ夫人 1880年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

緑の草木を背景に、黒っぽい青色の長いドレスを着たセザンヌ夫人が椅子に座り、鉄製のガーデンテーブルに軽くもたれる姿が描かれている。(中略) 本作品では、背景の空白のまま残された部分にカンヴァスの白い地塗り層が見え、絵画の物質性が露わになることで画家の筆運びや制作過程がより強調されている。

ポール・セザンヌ《庭のセザンヌ夫人》 1880年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

先の《セザンヌ夫人の肖像》と比較すると、ドレスの色といい形といい、よく似ています。本作に描かれた夫人の印象とは異なり、共通点がすぐには見出せませんでした。

ポール・セザンヌ 草上の昼食 1876−1877年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

ポール・セザンヌ《草上の昼食》1876−1877年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

《草上の昼食》と聞けば、マネを真っ先に想起しますよね。制作年は1862−1863年。そのマネ作品を念頭にタイトルを決定した、と見做してよいでしょうか。本作は描かれている全員が着衣。安心しました。

本作品の展示形態は何と贅沢…。

ポール・セザンヌ《草上の昼食》の展示風景

同じ展示室、左側の壁面には、ポール・セザンヌの水浴シリーズが展示されています。

展示風景 手前はポール・セザンヌ《水浴者たち》

ポール・セザンヌ 水浴者たち 1899−1900年 油彩/カンヴァス オルセー美術館

ポール・セザンヌ《水浴者たち》 1899−1900年 油彩/カンヴァス オルセー美術館

水浴シリーズの中から1点ご紹介します。水浴びをしようと衣服を脱ぎ捨てる複数の若者が描かれています。まさに青春の1ページ。

展示室間を跨ぐ部屋にポートレートが展示されています。

左:ピエール=オーギュスト・ルノワール 右:ポール・セザンヌ

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 遊ぶクロード・ルノワール 1905年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《遊ぶクロード・ルノワール》1905年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

4歳頃のクロード・ルノワールがモデル。長い髪にリボンをつけて、これは女の子にしか見えませんね。血色の良い頬、艶のある髪、満足そうな表情から、大事に育てられている様子が窺えます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール バラをさしたブロンドの若い女性 1915−1917年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

ルノワールが最晩年に描いた本作品は、若きアンドレ・マドレーヌ=ウシュリングの肖像画である。彼女はルノワール最後のモデルであり、後にカトリーヌ・へスリングという芸名で女優となり、ルノワールの息子ジャンと結婚し、ジャンが監督する映画に出演した。(以下、割愛)

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《バラをさしたブロンドの若い女性》1915−1917年 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

大きく胸の開いたドレス、肉付きの良いプロポーションがエキゾチック。花瓶に入れられた華やかな花が背景を彩ります。人物画ひとつとっても画題は様々。多数の作品が揃った本展のお陰で、ルノワール作品への理解が一気に進みました。

ポール・ギョーム 本展出品作の大部分はパリの著名なコレクターであり画商でもあるポール・ギョーム(1891−1934)と、その未亡人であるドメニカ・ウォルター(1898−1977)によって収集されたものです。(以下、割愛)

オディロン・ルドン作品群の展示風景

インパクトのある作品群です。5作品から2点をご紹介しましょう。

オディロン・ルドン 石版画集『ゴヤ頌』Ⅵ.めざめた時、私はきびしく無情な横顔の叡智の女神を見た 1885年 リトグラフ、紙(シーヌ・アプリケ) 三菱一号館美術館

オディロン・ルドン《石版画集『ゴヤ頌』Ⅵ.めざめた時、私はきびしく無情な横顔の叡智の女神を見た》 1885年 リトグラフ、紙(シーヌ・アプリケ) 三菱一号館美術館

オディロン・ルドン 石版画集『ゴヤ頌』Ⅱ.沼の花、悲しげな人間の顔 1885年 リトグラフ、紙(シーヌ・アプリケ) 三菱一号館美術館

オディロン・ルドン《石版画集『ゴヤ頌』Ⅱ.沼の花、悲しげな人間の顔》 1885年 リトグラフ、紙(シーヌ・アプリケ) 三菱一号館美術館

ルドンの作品は初見です。独特な作風に目を見張りました。叡智の女神のデッサン力を拝見すると、只者ではない。文字通り、描かれた横顔はきびしく無情悲しげな人間の顔は何を見つめるのか。

オディロン・ルドン グラン・ブーケ(大きな花束) 1901年 パステル/カンヴァス 三菱一号館美術館

オディロン・ルドン《グラン・ブーケ(大きな花束)》 1901年 パステル/カンヴァス 三菱一号館美術館

階下で、監視員さん・来館者の女性・私の3人で、本作品について短いやりとりをしました。「もう一度観たいが、戻ることはできるか」という話の流れから「本作品は通常、撮影不可」という話を聞きました。開幕初日の時点では撮影できましたが、後日『撮影不可』に変わる可能性があります。

静物 ✕ Still Life 印象派の画家たちは、静物画というジャンルを新たな描き方で刷新しました。とりわけルノワールとセザンヌは静物画を描くにあたりさまざまな手法を試みています。ルノワールは色彩豊かで柔らかな筆致を用いて静物を描き、生き生きとして優雅で調和の取れた作品を多く残しています。彼の描くバラやダリアなどの花のモティフは、静物画としてだけでなく、肖像画の一部としても描かれています。花瓶の光沢の繊細な描写は、陶磁器の絵付け職人を務めていた経験が活かされています。(以下、割愛)

ピエール=オーギュスト・ルノワール  バラ 1890年頃 油彩/カンヴァス オルセー美術館

ピエール=オーギュスト・ルノワール《バラ》 1890年頃 油彩/カンヴァス オルセー美術館
ピエール=オーギュスト・ルノワール《バラ》 部分

完成度の高い小品です。忽ち気に入りましたが、どうなるものでもなく。褒めちぎるしかありませんね。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 桟敷席の花束 1880年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

(前略) 人物は描かれていないものの、そこに唯一置かれたバラの花束が、エレガントな女性の存在をほのめかす。背景の大部分を占める赤い肘掛け椅子の横には、薄灰色で描かれた手すりが確認でき、椅子の背もたれを縁取る黒い曲線が座席空間を示す役割を果たしている。(以下、割愛)

ピエール=オーギュスト・ルノワール《桟敷席の花束》 1880年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

興味深い画題なので掲載してみました。この花束を持参したのは、もしかしたら男性かもしれません。想像を掻き立てられます。

ポール・セザンヌ 青い花瓶の花 1880年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

ポール・セザンヌ《青い花瓶の花》1880年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

ポール・セザンヌ 花と果物 1880年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

ポール・セザンヌ《花と果物》 1880年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館

この2つの作品は、もともとひとつの絵画だったものが、20世紀初頭に数枚に切り分けられてしまったうちの一部である。ポール・ギョームが先に、画商ヴォラールから左部分にあたる《花と果実》を購入し、ギョーム夫人のドメニカが彼の死後に《青い花瓶の花》を手に入れたが、修復が施されていたためドメニカは当初、対作品とは気が付かなかった。後に上塗りが除去され、2点がもともとひとつの作品だと確認された。

後世の人間から見れば理解不能ですが、当事者たちは価値を認めているからこそ切り分けたのですよね。相続時の話でしょうか。皆目見当がつきません。修復が施されていたため、対作品と気が付かなかったというより、セザンヌ作品と見做されなかったということですかね。

以上、撮影できた展示作品の中から20点をご紹介しました。混み具合にもよりますが、観覧時間の目安は1時間半前後。《ルノワール✕セザンヌ》会期は9月7日まで。

ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠|三菱一号館美術館
三菱一号館美術館で開催される「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」のサイトです。
「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」(三菱一号館美術館)開幕。オランジュリーから名品来日
東京・丸の内の三菱一号館美術館で、ピエール=オーギュスト・ルノワールとポール・セザンヌという2人の画家に焦点を当てた展覧会「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」が始ま…

―余談― 20代の頃、書道の師匠から「優れた作品は向こうから視界に飛び込んでくる」と聞いたことがあります。そんな師匠の体験談も記憶から遠のいた後年、とある展覧会場に足を踏み入れて間もなく、一作品がいきなり視界に飛び込んできました。それはルノワールが描いた人物画(小品)でした。ルノワール作品の展示があることは事前に知らず、本当に驚きました。後にも先にも1度きりの体験。

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