丸の内/三菱一号館美術館にて《異端の奇才ビアズリー展》を堪能。

展覧会

冒頭は《巻末飾り》1893年(原画)、1907年(印刷) ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵

会期は2月15日から5月11日まで。当日券は一般2,300円、大学生1,300円。

開幕した翌週の平日、来館しました。受付で『東京駅周辺美術館共通券(4,500円)』※を提示。三菱一号館美術館ページの角部分が切り取られ、本展チケットと交換されます。

※小冊子。本年は、アーティゾン美術館・三井記念美術館・三菱一号館美術館・東京ステーションギャラリー・静嘉堂@美術館の共催。有効期間は1月〇日〜12月〇日までの約1年間(日にちは各館により異なります)。仮に3月上旬に購入すると、対象となる展覧会数は、アーティゾン4、三井記念5、三菱一号館3、東京ステーション5、静嘉堂4です。各館1回に限り有効。

順路 エレベーターで3階に上がり『↑』表示に従って展示室を移動。階段で2階の展示室へ。『↑』表示に沿って展示室を移動。階段で1階へ。階段の利用に支障がある場合、スタッフに申し出ると対応してくれるようです。

撮影 一部展示室の撮影ができます。出品目録は用意されていないらしく、ノートを携帯しなかったので展示構成を記録できませんでした。撮影できた展示作品から一部をご紹介します。

紫色の文字で表記した箇所は、パネルまたはキャプションの解説から一部を引用しました。

3 成功 ―「ビアズリーの時代」の到来

1893年4月、「ステューディオ」創刊号で紹介された1点が、ビアズリーの運命を決める。同年にフランス語で発表されたオスカー・ワイルドによる戯曲「サロメ」の一場面を独自に描き出した《おまえの口に口づけしたよ、ヨカナーン》である。この作品を出版業者ジョン・レインが目にして、ビアズリーを英訳版「サロメ」の挿絵画家に抜擢する。(中略) 時代の寵児ちようじとなった21歳のビアズリーは、革新的な文芸雑誌「イエロー・ブック」の美術編集を担当し、広告の分野に進出を果たして、まさしく社会的な成功を謳歌していた。ここでは、英訳版「サロメ」の挿絵にも登場するアングロ=ジャパニーズ様式の調度をともに紹介することで、ビアズリーの活躍した時代に思いをはせたい。

壁面展示作品は、全てシンプルな黒縁で額装されています。マット幅の大きい作品が多いため、額は度外視して撮影しました。

『ステューディオ』 1893年初頭、『ステューディオ』を立ち上げようとしていたルイス・ハインドは、20歳のビアズリーと出会って特異な才能に衝撃を受け、創刊号で特集を組むことを決め、表紙のデザインまでを依頼した。これを機に、一躍ビアズリーは人々の注目の的となる。

『ステューディオ』創刊号の表紙 1893年 ライン・ブロック ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

『ステューディオ』創刊号の表紙 1893年 ライン・ブロック ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

そごう美術館で過日鑑賞したアルフォンス・ミュシャ(1860−1939)の作風を彷彿させます。文字を帯状に表現したり、植物を密に配置したり、画面を分割して文字を配したり、といった手法も共通しています。ビアズリーは1872年生まれ。一回り年長のミュシャの活躍は、ビアズリーの創作意欲を掻き立てたのではないか、と想像します。

ステューディオ』創刊号     1893年4月 

『ステューディオ』創刊号 1893年4月 

創刊号はガラスケース内に展示されています。表紙の枠内には隙間なく文字が印刷されています。

おまえの口に口づけしたよ、ヨカナーン 1893年 ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

『ステューディオ』創刊号で出版業者レインとワイルドの目にとまり、英訳版『サロメ』の挿絵を依頼されるきっかけとなった作品。

おまえの口に口づけしたよ、ヨカナーン 1893年 ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

1893年にパリで発表されたこの戯曲は、牢獄の預言者ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)に恋い焦がれた王女サロメが厳しく拒絶され、義父のヘロデ王に捧げた踊りの褒美として彼の斬首を望む、という筋書きである。

意中の人を殺し愛玩物にしてしまう衝撃的な場面。生首となったヨカナーンは目をかっと見開いているようにも見受けられます。下部に描かれている花は、滴り落ちる血を栄養にして成長した、と解釈して良いでしょうか。サロメが来る日も来る日も生首を抱いて過ごした時間的経過も表現しているのでしょうか。

オスカーワイルド著『サロメ』 1894年 Kコレクション

この青い布装の1冊は755部印刷された普及版。

オスカーワイルド著『サロメ』 1894年 Kコレクション

『サロメ』 サロメが牢獄のヨカナーンに想いを寄せるというオスカー・ワイルドの戯曲の設定に対して、聖書には、叔父でありながら義父となったヘロデ王に娘が踊りを所望され、母である王妃にそそのかされて預言者の首を褒美に要求したと簡潔に記されるのみである。

聖書の解釈に従えば、サロメの母が元凶なのですね。夫(前王)をその弟(ヘロデ王)に殺させたり、預言者ヨカナーンを娘サロメに殺させたり…。人を使嗾して陰でほくそ笑む悪女。その精神構造が恐ろしい。

月のなかの女 1893年(原画)、1907年(印刷) ラインブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

月明かりのなか、ヘロデ王の宴が催される宮殿で、兵たちが語り合う。遠景の大きな月には、ワイルドを思わせる顔が描きこまれている。(中略) 英訳版『サロメ』の発表後に、ビアズリーによる挿絵全体を「たちの悪い落書き」と評している。

先の解説によれば、ビアズリーは『ステューディオ』創刊号で出版業者レインとワイルドの目にとまり抜擢されたのでしたね。いわば恩人を丸い月に見立てるとは不遜。擬人化された月が自分とそっくりだとしたら、ワイルド氏でなくとも不愉快ですよね。タッグを組んだ初年からこの有様。ビアズリーは初対面からワイルド氏を好かなかったということでしょう。

オスカー・ワイルド著『サロメ』の題扉 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

画面下部に描かれた複数の幹から枝が伸び、森を形成しています。画面を覆い尽くすのは満開の花でしょうか。蝙蝠の姿も見えますね。目を凝らすほど細密に描かれています。本展では、単眼鏡を携帯している来館者を数名見掛けました。それにしても、この絵のテーマは不可解です。安易に解釈すると、勘違いも甚だしいということになりそう

孔雀の裳裾 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

孔雀の裳裾 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

宴をぬけ出したサロメが、自身をヨカナーンに引きあわせるよう、若いシリア人の隊長に迫る。(中略) その裾には、唯美主義運動の全盛期に人気を博した孔雀の羽根の模様が配されている。

孔雀の羽根の模様のドレス・孔雀の羽飾りを身に纏うサロメは魅惑的。背景にも孔雀が描かれていますね。便宜を図るよう若い隊長を恫喝しているのか、はたまた誘惑しているのか。

ヘロデヤの登場 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

ヘロデヤの登場 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

聖書でサロメは「娘」「少女」と記されるのみであり、悪役は母ヘロデヤである。義弟ヘロデと通じて夫を殺し、義弟との婚姻を批判した預言者を恨んで、娘に命じて斬首させた。(中略) 画面右下にワイルドが描きこまれている。

ヘロデヤ王妃はもしかして半裸でしょうか?王妃の左側に立つ男は、いちじくの葉で陰部を隠し、左手にリンゴを持っています。アダムに仮装した男、という演出でしょうか。傍らにかしずく男は単純化されて描かれています。

ヘロデ王の眼 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

ヘロデ王の眼 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

宴の席では、義父のヘロデ王がサロメに絶えずよこしまな視線を送る。このヘロデ王は、王であった兄を殺して玉座を奪い、兄の妃ヘロデヤを妻とした。(中略) 本作品でヘロデは、ワイルドに似た顔立ちの人物として描かれている。

ヘロデ王は、玉座・兄の妃を我がものとしただけでは飽き足らず、姪でもあり義理の娘でもあるサロメによこしまな気持ちを抱いている。倫理観の欠如には驚くばかりですが、ヘロデ王に限らず、この王族一家は危険人物の集合体ですね。またもワイルド登場。怒り心頭だったことでしょう。

ベリー・ダンス 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

ベリー・ダンス 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

義父ヘロデ王に「何でも欲しいものをやる」と言われ、サロメは踊りはじめる。(中略) 褒美にサロメは預言者の首を手に入れる。

サロメの踊りは何ものにも代えがたい魅力があったのでしょうね。楽器を奏でるのは、もはや人間ではない。闇の世界から姿を現した魑魅魍魎の類でしょうか。

踊り手の褒美 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

踊り手の褒美 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

踊りの報酬としてサロメが所望したのは、ヨカナーンの斬首だった。(中略) しばらくして、銀の大皿にのせられたヨカナーンの首が地下から届く。

銀の大皿に載せられて運ばれてきたのは料理ではなく生首。いや、サロメの大好物かもしれませんね。ヨカナーンの首実験をする冷静なサロメに背筋が凍ります。ヨカナーンの髪と滴り落ちる血液の見分けがつかない、その加減が絶妙です。

クライマックス 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

クライマックス 1893年(原画)、1907年(印刷) ライン・ブロック/ジャパニーズ・ヴェラム[厚地和紙] ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
クライマックス 部分

ついにヨカナーンの首を手に入れ、歓喜に浸るサロメ。同じ場面を描いた『ステューディオ』創刊号の掲載作品が版権の都合で転載できず、本作品を制作し直すことになったと伝わる。

本展を象徴する作品ですよね。クライマックス とは、まさに口づけをしようとしている瞬間でしょうか。

「アングロ=ジャパニーズ様式」の流行 (前略) この折衷的な様式は、テキスタイルや壁紙をはじめとする室内の調度から陶磁器・銀器、子供向けの本にいたるまで、ありとあらゆる産業製品のデザインに応用され、1870年代にかけて幅広い分野で流行した。そして1880年代までに、「アングロ=ジャパニーズ様式」で多用された「ひまわり」や「孔雀の羽根」といったモティーフが、感性に訴える表現を追求する「唯美主義運動」と密接に結びつけられるようになる。この大衆的な流行の中心人物がオスカー・ワイルドである。(中略) 1872年生まれのビアズリーは、こうした時代の雰囲気が色濃く残るなかで成長し、英訳版『サロメ』の挿絵にも流行の調度を描き入れた。

ロイヤル・ウースター社 祥瑞風吉祥文双耳扁壺 1890年頃 磁器 三菱一号館美術館

ロイヤル・ウースター社 祥瑞風吉祥文双耳扁壺 1890年頃 磁器 三菱一号館美術館

ジャポニスムの影響下で、ロイヤル・ウースター社は競合他社に先んじて、日本的な様式の陶磁器を量産する方法の開発を進めた。

ブルーを基調にした模様の連なりに、金色の吉祥文が施され、一際目を引く素敵な壺です。

エドワード・ウィリアム・ゴドウィン   ドロモア城の書きもの机 1869年 オーク、真鍮 大阪中之島美術館

ゴドウィンは1860年代後半に第3代リムリック伯爵からアイルランドのドロモア城の設計を依頼された。(中略) 収納棚がついた書き物机は、中世風だが18世紀後半のジョージアン様式の家具を基本としている。

ここまで収納の多い机は滅多に見掛けませんよね。使い込まれた痕跡が顕著です。

『イエロー・ブック』 19世紀末のイギリスを代表する文芸雑誌。1894年4月、ジョン・レインとエルキン・マシューズが共同経営する書店ボドリー・ヘッドから創刊された。(中略) 『サロメ』の挿絵をめぐる確執に辟易へきえきしていたビアズリーは、ワイルドが関与しないことを条件に美術編集を引き受けている。しかし、1895年にワイルドが同性愛の科で有罪になると、無関係のビアズリーも編集から外される憂き目にあう。

同性愛の科で有罪とは驚く話です。ビアズリーが編集から外された理由は一体何でしょう。

『イエロー・ブック』第1巻・第2巻・第4巻 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館  

左:『イエロー・ブック』第1巻 1894年4月           中:『イエロー・ブック』第2巻 1894年7月          右:『イエロー・ブック』第4巻 1895年1月   
何れもヴィクトリア・アンド・アルバート博物館  
    

『イエロー・ブック』出版案内書の表紙 1894年 ペン、インク、ウォッシュ/紙 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館  

『イエロー・ブック』出版案内書の表紙 1894年 ペン、インク、ウォッシュ/紙 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

夜の書店で女性客を見張るピエロのような店主は、レインの共同経営者マシューズを模している。(中略) この創刊号は反響を呼び、発売開始から約1週間で2回も増刷された。

1週間で2回も増刷とは異例ですね。マシューズを揶揄するビアズリーの意図が大衆受けした側面もあるのでしょうか。ゴージャスな衣装に身を包んだ女性であれば上客だと思いますが、万引きを警戒して監視しているのかな。マシューズが懐疑心の強い人物であることを暗喩しているようでもあり…。

ワーグナー崇拝者 1894年 ペン、インク、白色顔料によるハイライト/紙 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

『イエロー・ブック』第3巻掲載。ビアズリーはワグナーに心酔し、楽劇を好んだ一方で、劇場が富裕層による世俗的な社交の場と化している事実を苦々しく感じていた。

ワーグナー崇拝者 1894年 ペン、インク、白色顔料によるハイライト/紙 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

大方の作品は、黒色と白色がバランスよく配されていますが、本作品は、肌色と比較して黒色の配分が圧倒的に大きいですね。重厚感・高級感を表現するのに黒色は効果的。夜の観劇であることも類推させます。

次に、大幅にデフォルメされた4点をご紹介しましょう。

モルグ街の殺人『エドガー・アラン・ポー作品集』[刊行中止]の挿絵 1894年頃 ライン・ブロック Kコレクション

ビル上階で起こった殺人事件の真相を描く。

モルグ街の殺人『エドガー・アラン・ポー作品集』[刊行中止]の挿絵 1894年頃 ライン・ブロック Kコレクション

黒猫『エドガー・アラン・ポー作品集』[刊行中止]の挿絵 1894年頃 ライン・ブロック Kコレクション

息たえた女性の頭上に恐ろしい形相の黒猫をすえ、白黒の対比によって衝撃の大きさを示した。

黒猫『エドガー・アラン・ポー作品集』[刊行中止]の挿絵 1894年頃 ライン・ブロック Kコレクション

赤死病の仮面『エドガー・アラン・ポー作品集』[刊行中止]の挿絵 1894年頃 ライン・ブロック Kコレクション

いつの間にか宴にしのびこんだ不治の病の源を、ピエロのような姿で表した。

赤死病の仮面『エドガー・アラン・ポー作品集』[刊行中止]の挿絵 1894年頃 ライン・ブロック Kコレクション

アシャー家の崩壊『エドガー・アラン・ポー作品集』[刊行中止]の挿絵 1894年頃 ライン・ブロック Kコレクション

荒れはてた屋敷で錯乱する男性の侘しさを、余白で強調する。

アシャー家の崩壊『エドガー・アラン・ポー作品集』[刊行中止]の挿絵 1894年頃 ライン・ブロック Kコレクション

ポーの小説を独自に解釈した4点。作品集の刊行が中止となり、ポートフォリオとして発表された。

余談  私が10代の頃、漫画家/萩尾望都さんのちょうど全盛期でした。名作『ポーの一族』のタイトル並びに登場人物「エドガー」「アラン」が『エドガー・アラン・ポー』から命名されたことを知り、妙に感心したことを記憶しています。

「キーノーツ叢書」の宣伝ポスター 1893年(原画)、1966年(復刊) リトグラフ(多色) ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

(前略) レインとマシューズは廉価な「キーノーツ叢書」を企画し、全34作品を出版した。(中略) 本作品は、ビアズリーの表紙案をもとに制作された後年のポスター。

「キーノーツ叢書」の宣伝ポスター 1893年(原画)、1966年(復刊) リトグラフ(多色) ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

黄色を多く、赤色をアクセントに使用した明るい色調のポスター。ピエロの持つのぼりは、女性のスカートでもあり…。

アヴェニュー劇場公演の宣伝ポスター 1894年 リトグラフ(多色) ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

ジョン・トドハンターの「ため息の喜劇」(1894)とW.B.イェイツによる「心願の郷」(1894)の上演に際して、女優フローレンス・ファーの依頼で制作された。

アヴェニュー劇場公演の宣伝ポスター 1894年 リトグラフ(多色) ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

濃紺の背景に浮かび上がる露出した肌。髪やドレスは白色の描線で表現されています。黄緑色のドット柄がモダンな印象。

T.フィッシャー・アンウィン社刊「子供の本シリーズ」の宣伝ポスター

児童文学書の宣伝のために制作された。(中略)左側の矩形にビアズリーが描いたのは、児童文学の対象年齢からは大きく外れた、成熟した女性であった。

T.フィッシャー・アンウィン社刊「子供の本シリーズ」の宣伝ポスター

児童文学の対象年齢からは大きく外れた成熟した女性を描いて、没にならなかったことが不思議です。

順路に従って、3階展示室から廊下へ。建物の外観も素敵です。

以上、撮影可の展示作品をランダムに取り上げてみました。混み具合にもよりますが、観覧時間の目安は2時間前後。若い世代の来館者が多い印象です。単眼鏡をお持ちの方はご持参されると良いでしょう。《異端の奇才ビアズリー展》会期は5月11日まで。

2月25日追記

同時開催《江戸から東京へ》展が順路に組み込まれています。三菱一号館所蔵の浮世絵・新版画をご覧いただけます。展示替が予定されていますので、公式サイト(展覧会情報→小企画展)でご確認ください。前期は4月6日まで、後期は4月8日から。

展示作品数/前期:28点、後期:26点。

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新しい私に出会う、三菱一号館美術館
JR東京駅徒歩5分。赤煉瓦の建物は、三菱が1894年に建設した「三菱一号館」(ジョサイア・コンドル設計)を復元したもの。コレクションは、建物と同時代の19世紀末西洋美術を中心。
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