過去の展覧会ダイジェスト版となります。
2024年10月12日から12月28日まで開催されていました。展示作品の多くを撮影することができました。印象に残った作品をご紹介しましょう。尚、紺色の文字で表記した箇所は、展示室内の解説から(一部)引用しました。
ヴェドゥータ(景観画)※1 の巨匠カナレット(1697−1768)の全貌を紹介する日本で初めての展覧会です。(公式サイトより一部引用)
第1章 カナレット以前のヴェネツィア
✦ヤーコポ・デ・バルバリ《ヴェネツィア鳥瞰図(初版の複製)》1962年 ファクシミリ版 新潟県立近代美術館・万代島美術館所蔵
はるか上空から捉えられた景観は、街中の多くの高い塔上からのスケッチをもとに一つの画面にまとめ上げられ制作されたと考えられるものだ。この鳥瞰図は以降のヴェネツィアの都市イメージを決定づける記念碑的作品となった。
15〜16世紀、ヴェネツィアの街を一望する鳥瞰図が既に制作されていたとは。「飛ぶ鳥が眺めるように見てみたい」という壮大な欲求。当時の手法は高い塔上からのスケッチ。俯瞰するには一体どれだけのスケッチを必要としたのか。
✦ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ 《『カプリッチ』より「二人の兵士と二人の女」》・No.9《『カプリッチ』より「壺に手をのせた女、兵士と奴隷」》・No.10《『カプリッチ』より「ニンフと小さなサテュロス、2頭のヤギ」》1738−1739年 エッチング、紙 静岡県立美術館所蔵
カプリッチとは、きまぐれ・綺想を意味するが、描かれたのは特定の主題を持たない謎めいた情景だ。
小品ながら味わい深い。タイトルに明記された兵士、女、奴隷、ヤギ等がどんな役割を持ち、どんなストーリーを展開するのか。全て鑑賞者の想像にお任せする、ということですよね。構図といい、描線といい、完璧に思える連作でした。
第2章 カナレットのヴェドゥータ
※1「ヴェドゥータ」(景観画)とは
都市景観や古代遺跡などの景観を、遠近法理論に基づき正確に描き出した絵画をいう。(中略) グランド・ツアー※2の時代、名所旧跡を正確に描いたヴェドゥータは、旅の記憶を自国に持ち帰ることを望んだ外国人旅行客に大変な人気を博した。
※2「グランド・ツアー」とは
18世紀のヨーロッパ、とりわけ英国では、上流階級の子弟が教育の総仕上げとして、数か月から1、2年程度、長ければ5、6年をかけて文化の中心地を巡る大陸周遊旅行、グランド・ツアーが流行した。(中略) 訪れる国もフランスやイタリアを中心に数か国にわたり、人気の目的地は文化の先進地であるローマ、ヴェネツィア、フィレンツェなどであった。
✦カナレット《サン・マルコ広場》1732−1733年頃 油彩、カンヴァス 東京富士美術館所蔵

画面左端はサン・マルコ大聖堂で、その奥にパラッツォ・ドゥカーレ(元首公邸)、彼方の対岸にサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の丸屋根が見える。(中略) この広々とした眺めを得るために画家は、実際にはありえない位置まで下がった構図を取っている。(中略) 腕利きのヴェドゥータ画家達は、建物のプロポーションや細部を、素描等で記録した後、それらの材料を自在に操って、望ましい眺めを描くのである。

右上方から降り注ぐ太陽光(らしき線)が、広場を明るく照らし、手前の建物の陰影とのコントラストを際立たせています。広場に集う人々の顔や手には、陽光を反射したかのような白点が施され、沢山の光を画面に留めています。建物の描写も完璧。画面左側で顕著な遠近法も見どころでした。
✦カナレット《昇天祭、モーロ河岸に戻るブチントーロ》1738−1742年頃 油彩、カンヴァス レスター伯爵およびホウカム・エステート管理委員会所蔵

キリスト昇天祭は、数多いヴェネツィアの祝祭の中でも、「海とヴェネツィアの結婚式」が行われる重要なものであった。

絵画には珍しい正方形。《サン・マルコ広場》同様、雲の浮かぶ空にそびえる鐘楼が目を引きます。赤色の衣装を纏った4人の漕ぎ手が画面のアクセントになっています。8頭身に描かれた漕ぎ手も散見されました。金色に装飾された船は昇天祭のシンボルでしょうか。漕ぎ手と思われる数名の人物も金色に染まっていました。
![]() | 価格:10000円~ |

第3章 カナレットの版画と素描―創造の周辺
✦カナレット《ドーロ風景》1744年以降に刊行 エッチング、紙 スコットランド国立美術館所蔵


ドーロは、ブレンタ川水系のブレンタ水路の途中にある街。画面右側に建っているのがサン・ロッコ教区聖堂、その前を流れるブレンタ水路を挟んで立つのがヴィラ・ザノン・ボンで、16世紀に建てられ今日も現存する。
画面全体に隙間なく描線が施されていました。画面の半分以上が空。右側に尖塔。小さな街のシンボルでしょうか。道行く人も少なからず描き込まれているのに、うら寂しい光景。
第4章 同時代の画家たち、継承者たち―カナレットに連なる系譜の展開
✦ミケーレ・マリエスキ《リアルト橋》1740年頃 油彩、カンヴァス ブリストル市立博物館・美術館蔵

カナル・グランデ(大運河)のほぼ中央に架かるリアルト橋。16世紀に大理石で建設された、ヴェネツィアを象徴する最古の橋である。活気に満ちた、この街の商業活動の中心地の日常風景を、マリエスキは華やかな色彩を駆使して描いた。

ヴェネツィア最古の橋、運河を行き交う舟、漕ぎ手、荷役作業員、岸に佇む貴族。モティーフに事欠かない光景。運河の水の描写が秀逸。明暗に富む空が画面の半分を占める構図といい、堅牢な建造物の描写といい、仮にカナレット作と聞いても違和感を覚えないほど、作風がカナレットに似ていました。異なるのは人物描写でしょうか。作業員の動作がよりリアルに感じられました。
✦ウィリアム・ジェイムズ《スキアヴォーニ河岸、ヴェネツィア》制作年不詳 油彩、カンヴァス 東京富士美術館所蔵

作者は、英国滞在時のカナレットの弟子か助手だったという。(中略)カナレットの落ち着いたタッチとは対照的に、船や建物から人物や波紋にいたるまで明瞭な色彩で描き分けるジェイムズは、「硬質で味気ない」と評された。とは言え本作は、カナレットが18世紀の英国絵画界に及ぼした影響力と、同国におけるヴェドゥータの人気や影響を測る上でも重要な作品である。

当時「硬質で味気ない」と評されたのですか。本作を拝見した刹那、フェルメール作『デルフトの眺望』とイメージが重なりました。構図もモティーフも異なるのですが、本作が纏う全体の雰囲気、岸辺で言葉を交わす人物の佇まいが何となく似ているような気がしました。

水面に映る建物の描写が美しい。加減が絶妙です。

重厚感のある船の描写にも魅了されました。帆柱・帆の質感も丁寧に描写されています。
第5章 カナレットの遺産
✦ウィリアム・エティ《溜息橋》1833−1835年 油彩、カンヴァス ヨーク・ミュージアム・トラスト蔵

運河を挟んで左に建つパラッツォ・ドゥカーレ(元首公邸)と右の牢獄を上層階で繋いでいるのが溜息橋である。この橋を通って投獄される囚人は、美しいヴェネツィアを見られるのもこれが最後と溜息をついたという。一方、パラッツォ・デッレ・プリジョーニ(牢獄)の一階、水面と同じ高さに開いた戸口から、裸の人物がひっそりと運び出されようとしている。エティはこの牢獄を訪れたとき、ガイドから「処刑された囚人は、真夜中、ゴンドラに乗せられて人知れず遠くのラグーナ(潟)に運ばれていく」という、ぞっとするような噂話を聞き、詩的想像力を膨らませた。
奇異なタイトル、次いで、画面の半分が闇に沈んだ構図に興味をそそられました。キャプションを読むと衝撃的な内容。思わず、殆ど掲載(引用)してしまいましたよ。
収蔵品コーナー
✦フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》1888年 油彩、カンヴァス SOMPO美術館所蔵

ゴッホは7点の「壺に生けたひまわり」を描いたが、この作品は、現在ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する《ひまわり》をもとに描いたと考えられている。
以上、印象に残った作品をご紹介しました。
―余談― ゴッホ作品に傾倒していた30代を懐かしく思い起こしました。かつて憑き物が落ちたような瞬間があり、あの熱情は過ぎ去ってしまいました。