会期は2月7日から5月24日まで。入館料(無料音声ガイド付)は、ウェブ予約2,100円、窓口販売2,500円、学生無料(要ウェブ予約)。
開幕した翌週、平日午前中に来館しました。モネの展覧会=混雑する!という認識はありましたが、来館者の数は予想以上。それでもスタッフの連係が良く、受付はスムースです。

6階展示室は「Section1」〜「Section8」及び「Section13」に区切られています。続く5階展示室は「Section9」〜「Section11」及び「特別映像スペース」が設けられています。
写真撮影できる展示作品、できない作品が混在しています。作品ごとに不可表示のないことを確認してから撮影しましょう。
撮影することのできた中から、印象に残った展示作品を18点ほどご紹介しましょう。尚、紺色の文字で表記した箇所は展示室内の解説から一部引用しました。
Section1 モティーフに最も近い場所で
(前略) バルビゾン派の画家たちは、1830年以降、風景画への写実主義的なアプローチを展開させた。テオドール・ルソー(1812−1867)、コンスタン・トロワイヨン(1810−1865)やカミーユ・コロー(1796−1875)、シャルル=フランソワ・ドービニー(1817−1878)はフォンテーヌブローの森やその周辺で制作した。そこは19世紀初頭から、まさに芸術家の仕事場となっており、(中略) シスレー、ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841−1919)、バジールそしてモネは1860年代半ばにそこで絵を描いている。彼らはさらにノルマンディー地方へも向かい、1850年から1875年にかけて芸術家たちが集団で暮らしていたサン=シメオン農場周辺の田園地帯から、海岸地方まであちこちを歩き回った。森、田園、海岸から着想を得た巧みな風景画は、戸外制作の後にアトリエで仕上げられた。彼らが選んだのは、馴染みのある景観であり、壮観でもなければ崇高でもない。しかし、生い茂った葉や、しばしば晴れて揺らめく空に浮かんだ雲の表現の率直さや的確さによって変貌を遂げる。長い間、絵画の序列で下位にあった風景画は、こうして近代絵画にとって重要な位置を確立するようになった。
No.5 カミーユ・コロー ヴィル・ダヴレー 1835−40年 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館

鬱蒼とした林の中で草を食む牛、林を貫く小路には牛飼いらしき姿も見えます。林を抜けた先は草原でしょうか。小路に届いた木漏れ日に、豊かな自然が感じられます。
No.7 クロード・モネ ノルマンディーの農場 1863年頃 油彩・カンヴァス オルセー美術館

二十代前半のモネは、田舎の景観をここまで濃厚に表現していたのですね。近景には肥えた牛・農夫・子供が描かれ、中景には牛舎・牛(でしょうか)・牛舎等が反映した池が描かれています。豊かな自然に抱かれた農場の日常を垣間見ることができます。
Section2 写真室1:モティーフと効果
(前略) 雪をかぶった自然の画題は、非常に早い時期から写真の先駆者たちを魅了してきた。その例として、ルイ・アドルフ・ユンベール・ド・モラール男爵とアンリ=ヴィクトール・ルニョーのノルマンディー風景があげられる。(中略)色彩という手段を欠くため、写真家は極端に単純化されたプランを用い、かつてないほどグラフィック的なアプローチを取り入れて構図にリズムと奥行きを与えることが不可欠であった。(以下、割愛)
No.21 アンリ=ヴィクトール・ルニョー エコルシュブフ、公園風景 1853年頃 塩化銀紙、紙ネガより セーヴル製陶所(オルセー美術館寄託)

小品ながら、素敵な景観を写した一枚を掲載してみました。
Section3 《かささぎ》とその周辺
(前略) 印象派の画家たちが雪のテーマに取り組んだのは、彼らに身近な住み慣れた場所においてであり、1895年1月から4月までのモネのノルウェー旅行は例外的なものである。モネやアルフレッド・シスレー(1839−1899)のように、彼らは日常生活を営み制作していた土地を描いている。もちろん雪化粧によってその姿を変えてはいるものの、場所は判別できる(マルリー、アルジャントゥイユ、ヴェトゥイユなど)。(以下、割愛)
No.25 アルフレッド・シスレー 雪の下で ―マルリー=ル=ロワの農場 1876年 油彩・カンヴァス オルセー美術館

雪化粧した景観が描かれています。晴れる気配のない、どんよりした空。数十cmは積もったであろう雪を踏みしめて広場を横切る男性。そこにあるのは静寂。
No.24 ピエール=オーギュスト・ルノワール 雪景色 1875年頃 油彩・カンヴァス オランジュリー美術館
ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841−1919)はこのように力説した。「白は自然のなかには存在しない。あなたのこの雪の上には空がある。あなたの空は青い。そのブルーが雪の中に際立たなければならないのだ。朝、空の中には緑と黄色がある。あなたがこの絵を朝描いた、と言うのなら、それらの色が絵の中に見えなければならない」彼はこう続ける。「そこに白を塗るのではなく、それがとりまくもののヴァルール(色価)によって、白にその強さを与えなければならないのだ」
上記解説は、「Section3」入口に掲示されていた解説(後半)から引用しました。展示室内で、あの長い解説を最後まで読むのは困難。とりあえず撮影し、帰宅後にじっくり読まれると良いでしょう。

「白は自然界に存在しない」子供の頃、美術の授業で教師が力説していたような記憶があります。もしかしたら「白」ではなく「黒」だったかも。ルノワールの風景画はなかなか見かけないので、掲載してみました。モティーフは川原・雑木林でしょうか。彼らが選んだのは、馴染みのある景観であり、壮観でもなければ崇高でもない。解説の通りですね。
No.27 クロード・モネ 霜 1880年 油彩・カンヴァス オルセー美術館


池か湖か。描かれた場所は特定されているのでしょうか。岸辺に小舟が繋がれていますね。ボーボーとした草地に霜が降り、全てが凍てついているかのような印象を受けます。
No.23 クロード・モネ かささぎ 1868−69年 油彩・カンヴァス オルセー美術館
1869年に制作された《かささぎ》では、バラ色、薄紫色と青色の繊細な濃淡に加え、逆さにつけられた鳥の影により、モネの白色の研究がさらに推し進められている。モネと印象派の画家たちにとって、雪は、白色の単調さを知り、そこから逃れる手段だった。それは彼らの色彩へのアプローチの典型例である。(以下割愛)

雪の降った翌日でしょうか。晴天。羽を休める1羽のかささぎが描かれています。陽射しを反射した遠景の水面は眩しいほど。雪面に形成された近景の陰影が見事に表現されています。鑑賞した際は気が付きませんでしたが、かささぎの影もちゃんと描かれていますよ。
価格:52000円 |
Section4 風景画と近代生活
ロンドンやオランダ旅行から帰国した1871年の12月から1878年1月まで、モネはパリ近郊のアルジャントゥイユに居を構えた。その間、1872年から1874年にかけて、サン=ラザール駅にほど近いパリのイスリー通りに自分名義のアトリエを借りていたが、そこで描いた259作品中およそ156点がアルジャントゥイユおよびその近郊に想を得たものとなっている。(中略) モネは、1870年代に競合していたこの2つの局面、すなわち、生まれ始めた工業と、近代生活の享楽主義という、この地の2つの光景を描こうとした。水辺の散歩、ヨットレース、ボート遊び、水浴、公園やレジャー用別荘などの情景、そして、鉄道や列車の情景。(中略) アルジャントゥイユにおいて、風景画は自然の賛美ではなく、近代生活を描く絵画という性質を明らかにしたのだ。(以下、割愛)
No.38 クロード・モネ アルジャントゥイユの係船池 1872年頃 油彩・カンヴァス オルセー美術館

1868−69年制作《かささぎ》がモネ作品とは、自分では言い当てられないと思うのですが、1872年に制作された本作は、見慣れたモネの画風ですね。犬を散歩させる女性、散策やピクニックを楽しむファミリーが描かれ、アルジャントゥイユが暮らしやすい土地柄であることが窺えます。

No.31 クロード・モネ アルジャントゥイユのレガッタ 1872年頃 油彩・カンヴァス オルセー美術館

画像ではさほど感じませんが、本作を前にすると、水面への反映が相当程度、強調されているように思いました。その加減が日本画とは大いに異なります。
No.41 クロード・モネ 昼 食 1873年頃 油彩・カンヴァス 160.0×201.0cm オルセー美術館
(前略) アルジャントゥイユ時代には、たとえば《昼食》のように、一見では判別しにくいほど曖昧な姿で描かれているにせよ、あるいは、いくばくかの大まかなタッチだけでざっと描かれたものであるにせよ、それらの人物像は、作品に生命の躍動感や彩りを与え、重要な役割を担っていた。時には、画家の妻カミーユや息子のジャン(弟のミシェルは1878年3月パリ生まれ)の姿も見える。アルジャントゥイユの時代は、モネ作品の中では唯一、家庭的な幸福の称賛としても見ることができるのである。

縦は背丈ほどある、鑑賞した中で一番サイズの大きかった作品です。大作だけに来館者の関心も高く、撮影を試みた時、正面は鑑賞者で埋まっていました。

白いドレスがカミーユ夫人でしょうか。

一人遊びをしているのは息子ジャンでしょうか? 女の子のようにも見えますね。テーブル上には飲みかけのグラスが置かれています。昼食後に散会した光景かと思いますが、何らかの理由で一時中断したとか?
No.29 クロード・モネ トルーヴィル、ロシュ・ノワールのホテル 1870年 油彩・カンヴァス オルセー美術館

外観の立派なホテル・掲揚された大きな旗が目立ちますね。フォーマルな装いをした人々も描かれています。彼らが謳歌する贅沢な日常生活を窺えるような作品です。
No.43 クロード・モネ サン=ラザール駅 1877年 油彩・カンヴァス オルセー美術館

アルジャントゥイユは、パリからわずか10kmほどの街で、パリのサン=ラザール駅から鉄道の定期便が通じていた。サン=ラザール駅は、モネのパリでの活動マップ上で、活動拠点ともいうべき場所である。1877年、モネは再びそのサン=ラザール駅にごく近いモンセー通りに仮住まいの場を借りた。この駅を描いた全12点からなる最初の連作―結局うち8枚が1877年の印象派展で展示されたようだ―を通して、モネは印象派の風景画という近代の使命をはっきりと示した。(以下、割愛)

以前1、2度拝見しています。直近は何時だっただろう…とネット検索したら2015年の展覧会。初見時ほどの感動はありませんが、何時拝見しても魅了される作品です。
No.45 クロード・モネ パリ、モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日 1878年 油彩・カンヴァス オルセー美術館


両側のアパートメントは国旗で埋め尽くされています。青・白・赤で彩られていますが、大方が単色で表現されているような…。なのに三色旗に見えるから不思議です。太く短い線を重ねて群衆を表現している手法も大胆。こちらもちゃんと人物に見えてきます。
Section13
「Section5」を観覧する前に、突き当たりの「Section13」展示室へ向かいましょう。
No.132 ピエール=オーギュスト・ルノワール クロード・モネ 1875年 油彩・カンヴァス オルセー美術館

晩年の写真・肖像は展覧会で見かけますが、三十代のモネの風貌を拝見するのは初めてかも。モデルとなったモネの穏やかな表情から、信頼関係で結ばれた彼らの友情を窺えるように思いました。

Section5 四季の循環と動きのある風景
セーヌ川を見下ろすヴェトゥイユは農業が主体の村で、数多くの果樹園が広がっていた。しかしモネが1878年9月にこの地を選んだのは、その魅力だけが唯一の理由ではない。パリや、それまで暮らしていたアルジャントゥイユよりも、そこは物価も安かった。とはいえモネがヴェトゥイユで暮らした3年間は、時として困難や苦渋を伴うものだった。(以下、割愛)
No.47 クロード・モネ ポール=ヴィレのセーヌ川 1890年頃 油彩・カンヴァス オルセー美術館

見惚れるほど色彩が美しい。仮に、モネ作品から本展5指を選ぶなら、是非そこへ入れたいと思う作品です。

No.48 クロード・モネ ヴェトゥイユのセーヌ川 1879−80年 油彩・カンヴァス オルセー美術館

No.47のような華やかさはありませんが、写実性を優先した堅実な画風が好ましい。
No.50 クロード・モネ ヴェトゥイユの教会 1879年 油彩・カンヴァス オルセー美術館

No.48と同時期に制作された作品ですね。モティーフは教会ですが、路上・屋根の雪が溶けていく様子をつぶさに長時間観察して描いたのだろうな…と想像しました。
No.52 クロード・モネ 氷 塊 油彩・カンヴァス オルセー美術館

遠目に鑑賞すると、淡い色調で構成されている印象を受けますが、近景を高倍率で撮影すると、意外に荒々しい筆使いに驚かされます。

氷の欠片らしきものが川面に浮かぶ厳冬の景観。林立する樹木(でしょうか)の反映が川面に表現されています。

本展はボリュームがあるため、「Section1」〜「Section5」及び「Section13」を【前編】とし、「Section6」〜「Section11」は【後編】へ譲ることにします。【後編】は手付かずですが、数日のうちにアップしたいと思います。
