会期は2025年12月6日から2026年2月15日まで。入館料は一般1,400円。冬の学割が適用され、大学生・高校生は500円です。
開幕の翌週、鏑木清方作品を目当てに来館しました。展示室内の撮影は原則不可ですが、小林古径《清姫》「日高川」のみ撮影することができます。順路に従って、印象に残った作品をご紹介しましょう。尚、茶色の文字で表記した箇所は、展示室内の解説より(一部)引用しました。
♡No.1 鏑木清方 佳日 1960年 紙本・彩色 東西大家日本画展 山種美術館蔵
清方82歳の作。晩秋。風呂敷を抱えた母親が、7歳位の息子の手を引き、(屋敷と公道を隔てる堀に架かる)短い橋を渡って外出する場面が描かれています。男の子は左手を母親に預け、右脇に花束を抱えています。おそらく庭の花を摘んだのでしょう。親子はこれから何処へ向かうのでしょうか。実家の両親(祖父母)を訪ねるのかな。屋敷に掲揚された国旗から想像すると、勤労感謝の日かしら。あれこれ想像を巡らせながら、絵を鑑賞するのは楽しいですよね。タイトル《佳日》に相応しい幸福感が鑑賞者に伝わってきます。
♡No.3 小茂田青樹 愛児座像 1931年 紙本・彩色 第15回日本美術院試作展 山種美術館蔵
1929年11月、青樹は38歳で初めて子どもを授かった。(中略) 本作品は幼い長女・仲子を描いたもので、第15回日本美術院試作展に出品された。(以下、割愛)
青樹40歳の作。構図が秀逸。画面の下半分に、縁起物・ぬいぐるみの入った籠と共に、足を前に投げ出した2歳児が描かれています。当時、女の子に好んで着せたであろう赤い着物を纏い、青い敷物の上に座った幼児は、大人しく過ごしている様子。青い敷物は「ここから出ちゃ駄目よ」という境界線でもあるようです。頭上に提げられた立派な玩具が、画面右上に描かれています。籠の中身といい、この女児が「蝶よ、花よ」と大事に育てられている様子が窺えます。
♡No.15 池田輝方 お夏狂乱 1914年 絹本・彩色 再興第1回院展 福富太郎コレクション資料室蔵
お夏と清十郎の物語は実話を基にした話で、小説や舞台の題材となってきた。(中略) 身分違いの恋の末、二人は駆け落ちを試みるが失敗。清十郎は盗みの濡れ衣を着せられ、処刑された。それを知ったお夏は狂乱し「向かい通るは清十郎じゃないか、笠がよう似た菅笠が」とうたう。鍵となる菅笠がお夏の脇に描かれる。
輝方31歳の作。髪・着衣を乱したまま地べたに座り込んだお夏が、こちらに虚ろな目を向けています。拝見した刹那、幽霊をモティーフにした作品かと思いました。虚ろながら、何かを見咎めているようにも見えます。お夏の目が捉えたのは清十郎の幻でしょうか。
鏑木清方と物語 (前略) 10代の終わり頃からは、小説の挿絵や口絵を描くようになり、物語の内容を深く理解して絵画化する豊かな感性を培っていきます。清方が挿絵で活躍するきっかけとなったのは泉鏡花との出会いでした。少年時代から鏡花を愛読した清方は、23歳の時に対面を果たし、「鏡花作、清方えがく」の名コンビが誕生します。二人の親交は長年にわたり、美しい物語世界を創り出しました。鏡花の没後に刊行された「日本橋」(No.11)の挿絵にもその一端を見ることができます。(中略) 「金色夜叉絵巻」(No.9)は、一世を風靡した尾崎紅葉の小説を豊富な挿絵とともに楽しむ趣向で、複数の印刷技術を用いながら、男女の愛憎劇をドラマティックに表現しています。(以下、割愛)
♡No.9 鏑木清方 尾崎紅葉原著『金色夜叉絵巻』木版口絵 1912年 多色刷木版 個人蔵
清方33歳の作。うら若き女性がベッドに突っ伏している場面が描かれています。閉じられた目から感情を読み取ることは困難に思えますが、ほつれ髪・ベッドに投げ出された櫛は、彼女が暫時悲嘆に暮れていたことを物語っています。ヘッドボード・壁紙といったモダンなモティーフが逆に、彼女の悲嘆を浮き彫りにしています。
♡No.10 鏑木清方 薄雪 1917年 絹本・彩色 第1回金鈴社展 福富太郎コレクション資料室蔵
近松門左衛門作「冥途の飛脚」に取材した作品。飛脚宿の養子・忠兵衛は遊女・梅川と深い仲になり、身請けのため公金の封印を切ってしまう。追手から逃げるも死を覚悟し、雪の中二人で最後の抱擁を交わす場面。(以下、割愛)
鏑木清方のことば (前略) 《薄雪》という命題は、やがてはかなく消え行く身の、青春の二人の運命を象徴する意味と、一つは、近松の原作中に、薄雪という文句のある点を以て、かように題したのである。(以下、割愛)

清方39歳の作。本展チラシに大きく掲載されています。大作でもあり、男女の一途な情愛に胸を打たれました。忠兵衛は梅川より幾つか年下かもしれませんね。頼りない男との道行が、遅かれ早かれ死を招くであろうことを予見していたかのような梅川の表情が哀れです。匂い立つ色気を描かせたら、鏑木清方の右に出る絵師はいないのではないか…と思う次第です。
価格:9000円~ |
♡No.18 森村宜永 夕顔 20世紀 紙本・彩色 山種美術館蔵
『源氏物語』「夕顔」の帖に取材した作品。乳母の見舞いに訪れた光源氏は、隣家に咲く夕顔に目をとめ、一房取ってくるよう従者に命じる。すると黄色い単袴を着た童女が出てきて、香をたきしめた白い扇を差し出した、という場面を描く。(以下、割愛)
光源氏を乗せた牛車・竹を組んだ門構え等のディテールの美しさに目を見張りました。色の取り合わせも素敵!! 扇に一房の夕顔を乗せて差し出す女主人の計らいに、光源氏でなくとも、ハートを射抜かれてしまうのでは。
♡No.17−6 小林古径 《清姫》のうち「日高川」 1930年 紙本・彩色 山種美術館蔵
日高川に着いた清姫が川に向かって手を伸ばしている。この後、清姫は着物を脱ぎ捨てて大蛇と化し、日高川を渡ることとなる。

1.旅立 2.寝所 3.熊野 4.清姫 5.川岸 6.日高川 7.鐘巻 8.入相桜 の連作から「日高川」のみ撮影することができます。上部に展示された作品も写してしまいそうなほど隣接して展示されています。

小林古径作品も大層見応えがあります。安珍を追う清姫の凄まじい執念にたじろぎます。追い詰められ、焼き殺されてしまう安珍がお気の毒ですが、女の業を持て余して自害を遂げる清姫も哀れを誘います。「入相桜」に昇華した因縁の深さよ…。小林古径と言えば、以前拝見した《夜鴨》(1929年頃)も忘れ難い作品です。
♡No.30 竹内栖鳳 みゝづく 1933年 絹本・彩色 山種美術館蔵
栖鳳69歳頃の作。軽妙なタッチで描かれたミミズクがどこかユーモラス。力作ばかり拝見していると疲れを覚えることもありますが、本作は、画家の力の抜き加減が絶妙です。
♡No.45 牧進 明り障子 2004年 紙本・彩色 山種美術館蔵
牧進のことば 又、この水仙は越前より求めてきた球根が庭で咲いてくれました。大好きな水仙を部屋より眺めているうちに、ピー太※とのコラボになったという訳です。(以下、割愛)
※牧に懐き可愛がられていた雀
進68歳の作。水仙の株の前に雀が10羽描かれています。このうちの1羽が「ピー太」ですね。(雀ってなかなか見分けがつかないので、庭に飛んで来る雀を全部「ピー太」と呼んでいたかもしれませんね。) 仲間を連れて遊びに来たところを描いた実景なのか、はたまた、水仙だけでは寂しく感じて、雀たちを描き足したのか。画面の左右に描かれた障子が本物のような質感です。
♡No.43 上村松篁 白孔雀 1973年 紙本・彩色 第37回 新制作協会展 山種美術館蔵
松篁は少年時代、竹内栖鳳の弟子であった石崎光瑤の帝展出品作《燦雨》に感銘を受け、自らも熱帯の花鳥を描きたいと願望を抱いたという。それから約40年を経たのち、インドやハワイなどを旅し、その取材に基づいて制作した。「黄色いハイビスカスを背景に、白孔雀の気品に満ちた姿を描きたかった」と画家が語るように、静かにたたずむ白孔雀の美しさが印象的な作品である。

松篁71歳の作品。松園―松篁―淳之。偉大な母(or祖母)を持った息子(or孫)のプレッシャーは小さくなかったでしょうね。横長の画面いっぱいに描かれた白孔雀が幻想的です。胡粉を塗り重ねた箇所もあれば、透けるように描いた箇所もあり、その美しい羽の描写に魅了されます。淡彩で仕立てられた中で唯一、白孔雀の瞳は真っ黒に塗られています。小さい顔に小さい目なので、敢えてインパクトのある色を施したのかもしれませんね。
♡No.22 小倉遊亀 憶昔 1968年 紙本銀地・彩色 第13回 雨晴会展 山種美術館蔵
小倉遊亀のことば この徳利に山吹を入れてお描きになった小林古径先生のお絵は忘れることができません。(以下、割愛)

遊亀73歳の作。画面左に山吹の枝を、画面右に徳利を描いた作品。2つのモティーフが並列されていることにやや違和感があります。花器ではないため、山吹を生ける選択肢を持たなかったのか。ほぼ正方形の画面を構想していたため、縦長の構図を断念したのか。いずれにせよ、気品ある作風に仕上がっています。銀地の質感が実に良い。色彩が華やかな割に素朴な風合いを持つ徳利も味があります。
♡No.24 川合玉堂 観世大士 1946年頃 紙本・墨画 山種美術館蔵
20歳の年に母を亡くした玉堂は、「観音様を描いているとどうも母に似てくる」と言い、その絵を命日に掛けていたという。(以下、割愛)
玉堂73歳頃の作。おそらく短時間で仕上げたであろう佳作です。屋内とも屋外とも認識できない場所に鎮座した観音様が描かれています。瞑目された観音像は何を祈っていらっしゃるのでしょう。20歳でお母様を亡くされたご自身の境遇は、玉堂さんの画業に影を落とさなかったのでしょうか。
以上、印象に残った展示作品をご紹介しました。所要時間は2時間前後です。《LOVE いとおしい…っ!》展は2026年2月15日まで。
―余談①― 作品No.9《金色夜叉絵巻》No.11《日本橋》が展示されたガラスケースを覗き込んでいたら、遠目にボールペンを持っているように見えたとのことで、学芸員さんが鉛筆の束を持参してくださいました。いつの間にか食い入るように鑑賞していたため、「ガラスに触れたのかと思いました」と狼狽えて申し上げたら、「いいんです、いいんです。そのために、こうして拭いているんですから…」と笑顔で布を示してくれました。今春、他の美術館でガラスケースを覗き込んでいたら、監視員さんが飛んで来て「触れないように」とご注意を受けたばかり。それが普通と考えていたので、山種美術館の寛容な対応に驚きました。
―余談②― 絵画を長年鑑賞してきて、近年は「満遍なく拝見」することがなくなりました。気に入った作品はじっくり拝見しますが、一瞥して通り過ぎることも多々あります。解説をノートに転記する時間も馬鹿にならず、仮に満遍なく鑑賞していたら、3時間を優に超えてしまったと思います。心を鬼にして、自分の嗜好を優先しました。結果、当ブログに掲載できなかった優品も多く、心苦しく思う次第です。
