外桜田門・田安門・清水門を2日に分けて見学。(2025年/冬)

重要文化財

1日目は『桜田門外の変』で名高い【外桜田門】へ。2日目は【田安門】・【清水門】を訪ねました。花を愛でる季節でもないので、周遊せず、門だけ見学することにしました。

尚、緑色の文字で表記した箇所は、現地に掲示されていた解説から一部を引用しました。

外桜田門 重要文化財指定 1961年

桜田の名は、この地が古代に桜田郷と呼ばれていたことに由来し、江戸の主要道が通過する場所でした。徳川家康入国直後の絵図には「小田原口」と記載されています。(中略)1860年(万延元年)の桜田門外の変は、彦根藩(現在の滋賀県)藩主で大老の井伊直弼いいなおすけが屋敷から登城中に水戸浪士に襲撃された事件です。(以下割愛)

東京メトロ有楽町線/桜田門駅で下車。3番出口の階段を上がり、前方に視線を投じると、この距離感!

次々と現れるランナーの進路を邪魔しないよう、気を付けながら撮影。

石垣に目を奪われます。一見識別できませんが、天災等で崩れ、修繕の行われた箇所もあるのでしょうね。

旧江戸城 外桜田門そとさくらだもん   現在この門は桜田門と呼ばれますが、正式には外桜田門といい、本丸に近い内桜田門うちさくらだもん(桔梗門)に対してこの名が付けられました。(中略) 外側の高麗門こうらいもんと内側の渡櫓門わたりやぐらもんの二重構造からなり、外枡形そとますがたという防御性の高い城門で、西の丸防備のため異例の大きさで造られました(320坪)。建築されたのは寛永年間(1624〜44)とされ、現存する門は、寛文3年(1663)に再建された門がもとになっています。大正12年(1923)の関東大震災で破損し、復元されました。(以下、割愛)

高麗門
高麗門 横から撮影

《高麗門》を潜ると、眼前に拡がるのは四角い広大な敷地。

枡形広場 左手の景観
枡形広場 右手の景観

『枡形』について分かりやすく解説しているサイトを見つけたので、リンクを貼っておきます ⇓

城を学ぶ㉚~桝形虎口 | 熊野エクスプレス
外枡形の枡形虎口。矢印は寄せ手の進路を示す。枡形虎口の名前の由来は、一升枡から。戦国末期には西日本を中心に枡形(ますがた)と呼ばれる虎口が現れた。これは虎口の前面に方形の空間を設け、そこに門や口を2重に構えることで、攻撃側は枡形内部に侵入し...
渡櫓門
渡櫓門 

《渡櫓門》をくぐり、左手に視線を投じると、水堀に石垣・ビル群が映り込んで綺麗…。

皇居外苑の広大な敷地に目をパチパチしつつ、この辺りで引き返すことにします。

渡櫓門 門内から撮影

復路も東京メトロ有楽町線を利用しました。桜田門駅から池袋駅まで20分程度です。

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感想(31件)

田安門 重要文化財指定 1961年

旧江戸城 田安門たやすもん 昭和36年6月7日指定  江戸城は、長禄元年(1457)に太田 資長すけなが(道潅)によって創られたとされる。天正18年(1590)徳川家康の居城となり、文禄元年(1592)から大規模な改修が実施され、慶長12年(1607)に天守閣が、寛永13年(1636)に総構そうがまえが完成し、大城郭としての形が整えられた。(中略) 田安門は、北の丸北部に位置する枡形門ますがたもんであり、正面の高麗門こうらいもんと、その右手奥の櫓門やぐらもんからなる。門の創建年代は明らかではないが、現在の門は高麗門の扉釣金具に残る刻銘から寛永13年に建てられたものであると考えられている。(以下、割愛)

2日目は、高田馬場駅でJRから東京メトロ東西線に乗り換え、九段下駅で下車。2番出口の階段を上がり、そのまま前進。前方左手の坂を上がると、城門が視界に入ってきます。

手前の道標には《北の丸公園》と記されています。

高麗門
高麗門 横から撮影

《高麗門》を潜り、振り返って撮影。

高麗門 門内から撮影

枡形広場も撮影したかったのですが、どう移動しても逆光になってしまうため断念。石垣越しに見える屋根は日本武道館。

櫓門
櫓門 横から撮影

《櫓門》を潜り、広い舗装路を歩いて行くと、左側に日本武道館が現れます。この場所に来たのは数十年振り。本日(12/26)もライブが予定されているようです。

北の丸公園を抜け、【清水門】を目指します。

清水門 重要文化財指定 1961年

旧江戸城 清水門 昭和36年6月7日指定  門の名については、かつて清水が湧き出ていたからという説と、このあたりに清水寺があったからという説があります。(中略) 徳川御三卿の清水家の名前は、この門内に屋敷地が与えられたことに由来します。―千代田区文化財サイトより一部引用―

※『徳川御三卿』について、分かりやすい解説を見つけましたので、リンクを貼っておきます ⇓

徳川御三卿 - 江戸東京博物館
東京都江戸東京博物館の公式サイトです。ご来館案内、常設展、展覧会の情報や催し物情報などをご覧いただけます。

先ずは、清水門を門内から見学することにします。《雁木坂がんぎざか》※ と呼ばれる坂道を、土を踏みしめながら一段一段下ります。画像では分かりづらいですが、段差が大きい上、その段差も一様ではない!

雁木坂と櫓門

雁木坂  詳述しているサイトのリンクを貼っておきます⇓

【ホームメイト】雁木坂|城・日本の城・城郭用語辞典
雁木坂とは、日本の城郭に用いられる坂道、あるいは石段の名称。城には土や石などで防護用の塁を造ってあったが、そこには塁を上り下りするための通路「武者走り」も必要であった。

振り返って撮影。当時、敵に攻め込まれた場合を想定し、敢えて上りづらく造ったようです。当時の名残を体感しながら、若い母親と小さな子供たちが元気に上って行く姿を見送ります。

坂を下り切ると、遠目に屋根を認めた《櫓門》が唐突に現れました。この《櫓門》と《雁木坂》の位置関係は『U』。

櫓門

隙間の形状に合わせて、小さな石が詰められています。

櫓門の石垣
櫓門 横から撮影

《櫓門》を潜り、振り返って撮影。幾度となく、海外からの観光客とすれ違いました。往時を窺うことのできるスポットを、日本人よりご存知かもしれません。

櫓門

【外桜田門】の枡形広場と比較すると、遥かに狭い敷地です。ここでも逆光となり、全貌を撮影することはできません。

枡形 櫓門の側から撮影

《高麗門》を潜りましょう。

高麗門 門内から撮影

【清水門】を目指すと、最初に目にする本来の景観はこちら。

高麗門

【清水門】から遠ざかります。

ここからも日本武道館の屋根を望むことができます。

【田安門】〜【清水門】の見学に要した時間は30分ほど。仮に【清水門】から《北の丸公園》に入る場合は、画像を逆に辿っていただくと、ざっとシミュレーションできるかと思います。雁木坂を上る体力のある方は、【清水門】〜【田安門】のルートを選択してみてください。所要時間は40分程度。

私は画像の手前《内堀通り》を左折し、東西線《九段下駅》へ向かいました。徒歩5分程で4番出口に到着。

1番線ホームへ。西船橋行に乗車し《日本橋駅》で下車。9日前【日本橋髙島屋】に立ち寄って、正面ホールのクリスマス・ツリーを撮影したばかり。本日は初春の展示物を見学することにしました。

簡素にも思える潔い展示。

日本橋髙島屋を後にして帰路につきました。

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