NHK・BS新番組『村雨さんと日本庭園たしなみ巡り』(初回放送1月7日)を視聴しました。レギュラー出演者は、俳優&庭師の村雨辰剛さん。ナレーションは、俳優の瀧本美織さん。取り上げられた庭園は《小石川後楽園》。村雨さんの歩いたルートを追体験したいと思います。
以下、紺色の文字(で表記した箇所)はナレーションから引用。緑色の文字(で表記した箇所)は、村雨さんに同行した小石川後楽園サービスセンター長/鈴木さんの解説から引用。尚、番組が挙げた『たしなみポイント』を当ブログの見出しにしました。

小石川後楽園 “黄門様”でお馴染みの徳川光圀が完成させた、現存する最古の大名庭園。景観が特に優れている特別名勝、歴史・学術的に重要な価値がある特別史跡。小石川後楽園はこの両方に指定。全国の庭園で、この二重指定はたった9か所!! おもてなしの庭園です。招いたお客様が驚きと感動を味わうための沢山の仕掛けがあるんです。
1月下旬に来園。村雨さんに倣って東門から入園。園路を進みます。東京ドームのほうに藩主の御殿があり、そこのお庭なので《内庭》となります。水戸藩主上屋敷のあった跡地に東京ドームが建てられたのですね!

池の向こう側に見えるのは《唐門》。

池の周囲を反時計回りに進みましょう。

池を半周した辺りに《唐門》があります。

唐門から先が「後楽園」となります。先憂後楽(君子たる者 民に先んじて世を心配し 民より後に自分も楽しむ)という一節から採った名前となります。
逆光になるため、一旦通り過ぎて、左側から撮影。

唐門は通常閉じられています。11月3日に限り開門されるそうです。唐門の右脇から《後楽園》へ。その先を左へ。

唐門を背にすると、石畳の小路が前方に延びています。
ここから京都への旅が始まります。京都への旅行が疑似体験できる様、仕掛けが散りばめられているそうなんです。

中仙道の木曽路に見立てた道なんですって。流れる川は木曽川(長野)。

江戸時代は人々が自由に行き来できない時代だったので、お客様に京都までの旅を楽しんでいただく、そんな思いで造られた道になります。「究極のおもてなしですね」と村雨さん。

冬季は殺風景に感じますが、新緑の頃から晩秋にかけて、目を楽しませてくれる小路となります。

石で「景色が変わる」合図を示す
延段※が続いて参りまして、いきなりこの大きい青石が出てきました。「この先 景色が変わりますよ」そういった合図。“木曽路”の終わりでもあります。
※中国風の素朴な石だたみで、切石と玉石を巧みに組み合わせたものである。

石を境に目の前に拡がったのは《大泉水》。“琵琶湖”を模した池になります。「縮景」と申しまして、各地の名勝を庭園の中に創り上げていく技法。大泉水は琵琶湖を縮小して表しております。

先ほどは“木曽川”だったんですけど、名前が変わりまして“竜田川”。竜田川は紅葉の名勝なんです。「周りに紅葉が沢山植えてあるというのも、名勝を表現するということですね」と村雨さん。

実際は、竜田川と琵琶湖は隣り合ってはいませんが、道中に沢山の縮景が詰め込まれているんです。
あえて浅くして流れを見せている
底が見えてしまいますよね。なので、掃除が欠かせない。

手入れの仕方で 川と湖を表現
振り返っていただきますと、大泉水は深さを感じていただくため、あえて底の掃除はしないんです。

手入れに加減があるとは、日本庭園ならでは!
道を譲るための「踏み外し石」
「ここに小さな石がありますよね。これは何ですかね?」と村雨さんが質問。構成上の演出かと思いますが、もしかして、庭師ならではの発見? 踏み外し石と言います。「役石(役割のある石)なんですね」と村雨さん。双方から歩いて来て、一方が踏み外し石に乗って道を譲る場面を、村雨さんと鈴木さんが実演。

「役石」と呼ぶのですね。日本に帰化されただけあって、村雨さんは日本語に精通されています。 様々な場面での語彙の選び方が的確!
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“蓬莱島”という島になります。「神仙思想ですね」と村雨さん。不老不死の仙人が住むという神仙思想に基づいた伝説の島です。横から見ると亀の形。不老不死と長寿、ダブルで縁起を担いでいるんです。大名は、長寿や子孫繁栄が非常に大切なので、長寿のシンボルとして、縁起の良いものとして。

作庭した徳大寺左兵衛という庭師の名前を採りまして“徳大寺石”と名付けられた石となります。このお庭の石は、ほぼ伊豆のお石山(?)というところから舟で運ばれてきたものになります。どれだけ徳川家の力が強かったか。
番組中の会話をメモしたので、「お石山」であるかは定かではありません。悪しからず。

江戸幕府が行った大規模な治水工事で、水路を使った物流機能は大きく発展。伊豆にあった巨大な石を、水路を使って水戸藩の敷地まで舟で運べますね。当時は、大名が幕府の脅威となる軍事力をつけないよう多くの制限があったため、大名たちは力の誇示を庭園造りに注いだそうです。こうした背景で、造園技術が飛躍的に発展し、歴史に残る名園が多く誕生。
この場面で登場した庭師/木村さん曰く「大きな手入れは5年に1度。」その最中ということは、昨秋に収録されたようですね。 人間が足を踏み入れることができない、仙人が住む神聖な島。大きな手入れはあえて5年に1度程度に留めているそうなんです。
作業着に着替えた村雨さん、木村さんと一緒に舟で蓬莱島へ。そこは追体験できないので、番組でのやりとりを一部再現しましょう。
この石段を下りて舟に乗ったようですね。見学順路から逸脱しますが、後半撮影した画像をここで掲載します。

村雨さん「広葉樹が多いイメージですけど」。木村さん「スダジイ・アラカシ・モチノキが主です。仙人はイネ科の穀類を食べないと言われ、松の実を食べて英力を養っているようなことを言われているので…」
手入れで「人が入れない神聖な場所」を表現

収録日の作業は、鎌を使っての草むしり。木村さん曰く「機械でやらない。手で抜くことによって、根っこが取れるじゃないですか。(神聖な場所に)人が入る回数が少なくて済む」6人の庭師さんたちと協力して(村雨さんは)30分ほどで草刈り完了!雑草の下から、荒々しく切り立った石の形がはっきり見えるようになりました。村雨さんの発言を抜粋すると、「石は日本庭園の骨格、骨組みのようなものなので、400年前に誰かが汗を流しながら一所懸命この石を据えたと考えると、やり甲斐があります。」
草むしりにも意義を見出す姿勢に拍手。
象徴的なものを添えて景色を表す
琵琶湖の湖畔にある唐崎神社の“唐崎の松”を模したものになります。

樹形の美しさに、毎度惚れ惚れします。間近で拝見する雪吊りは迫力があります。

《大泉水》の周囲を時計回りに歩き、《一つ松》に寄り道した格好になったので、再び西へ向かいます。菰巻きされているのはソテツかな?

初めて来園した時は、勝手が分からず、西門で友人と待ち合わせました。JR総武線/水道橋駅(西口)から東門を目指す方が断然近いです。
ここが終点の京都になります。嵐山の景色を模したもので、こちら渡月橋になりますね。下を流れるのは大堰川。非常に透明で、底まで見えるような川ですね。

1880年代の京都《渡月橋》の古写真をネットで閲覧しました。古写真と比較しても、趣は大分異なりますかね。

大堰川 大堰川の名は京都嵐山を想起して名付けられた。(中略) かつては、神田上水の水を引き入れていた。両岸には蛇籠を伏せ、深山激流の趣をつくっている。

京都は江戸時代の人の憧れの地だったので、憧れの地に旅をできる、おもてなしの心遣いですよね。
《渡月橋》の左方に視線を転じると、橋らしき小路が延びています。
実は、光圀時代に造られた“西湖の堤”という中国の杭州の蘇堤を模したもので、中国の風景と和の風景が調和している場所になります。最初に“西湖の堤”が造られたのは、こちら後楽園なんですね。“西湖の堤”は中国の絶景と言われる場所。当時、憧れとも言えるその景色を採り入れたことで、大名庭園の間でブームが興ったそうなんです。幼い頃から中国の儒教を学んで育った光圀、明から亡命してきた儒学者/朱舜水を招き入れ、庭園の設計に当たらせました。

京都と杭州が隣り合わせとは!! 面食らう風景ですね。
頼房(徳川家康の十一男、水戸藩の初代藩主)が造った庭を、石ひとつ木ひとつ動かすことなく、光圀が潤色して完成させた庭園と言われています。「一代ではなく、二代で完成させたということですね」と村雨さん。

蓮池は広大ではありませんが、四季に応じた手入れに労力がかかりそうです。
丸屋 茅葺で栗の木の柱を使い、田舎の侘びた茶屋の佇まいを表している。「丸」の字を染め抜いた暖簾を下げていた。

風対策でしょうか。茅葺の屋根には金網が掛けられています。
頼房が造った京都への旅路の他にも、光圀は中国の風景など様々なビューポイントを加えて楽しみを増やしていきました。更に光圀は、完成させた庭を誰にでも観賞できるようにしたんです。
円月橋 朱舜水の設計と指導により駒橋嘉兵衛が造ったとされる中国様式の石橋。橋が水面に映る形が満月になることから名付けられた。(以下、割愛)



立つ位置によって、視認できたりできなかったりしますよ。円月橋は過去に数回拝見していますが、こんなに綺麗な映り込みは初めて。
白糸の滝 (前略) その様子が千条の白糸が垂れているように見えることから、この名が付けられた。


千条の白糸…とは大袈裟に思える規模ですが、滝が配されていると気持ちが高揚します。

松の菰巻きもまた、冬の風物詩ですね。

冬季の花菖蒲田。何も残っていませんね(-_-;) 周囲の自然に抱かれる6月の花菖蒲田は一際美しいですよ。花菖蒲田の隣には稲田もあります。

九八屋 江戸時代の風流な酒亭の様子を表した。命名は「酒を飲むに昼は九分 夜は八分にすべし」と酒飲みならず万事控えるを良しとする、との教訓による。
若かりし頃、グラスビールを添えたランチに舌鼓を打ったことを思い起こしました。酒好きは加減が難しいので、昼まで飲んでいたら健康を損なうだろう…と現在は考えます。

幹が八方へ分かれた大木!迫力があります。

緩い傾斜の石段を上って《唐門》の方へ戻ります。

《唐門》の脇まで戻ってきました。

内庭の池では、6、7羽の鴨が泳いでいました。盛んに水に潜る様子が面白く、暫く眺めていました。数秒潜っては水面に顔を出す動作を繰り返していました。このシンクロはお見事!

村雨さんのご感想「日本庭園は『おもてなし』が根本的なところにあるんだな…と改めて思って。来るたびにいろんな良さに気づいていくんですよね。」まさに仰る通り。追体験した私も、沢山の学びがありました。小一時間あれば、ざっと周遊できますよ。
2月7日から3月1日まで梅まつり《梅香る庭園へ》が開催されるそうです。行事(伝統芸能公演、書写体験、スタンプラリー、茶会等)も目白押し。ご興味のある方は足を運んでみてください。

