上野/東京国立博物館にて開創700年記念 特別展 《大徳寺 本朝無双之禅苑》前期を鑑賞。(2026年10〜12月)

展覧会

主催は、東京国立博物館、大本山 大徳寺、NHK、 NHKプロモーション、日本経済新聞社。

会期は10月14日から12月6日まで。(但し、前期展示は11月8日まで。後期展示は11月10日から。)

観覧料は、一般2,300円、大学生1,300円です。

開幕日の午後、来館しました。来場時、ゲート型金属探知機および手荷物検査が導入されていました。海外の展覧会場で破壊行為等が散見されたことを受けての措置でしょうか。

平成館エントランス

本展は原則的に撮影禁止です。(第2会場の一部展示のみ撮影することができます。) 章立ての構成。順に、印象に残った作品をご紹介しましょう。(重要文化財のオンパレードとあって、優劣は付けられず、たまたま拝見した作品となります。) 尚、紫色の文字で表記した箇所は、会場内の解説より(一部)引用しました。余計なお世話かもしれませんが、トコのお薦め作品に🌹を付けました。

序 章 禅の広がり ― 心から心へ

No.2 通期展示 扁額「本朝無双禅苑」1面 江戸時代 17世紀 大徳寺蔵

扁額「本朝無双禅苑」1面 江戸時代 17世紀 大徳寺蔵 (ポストカードを撮影)

筆蹟が好ましく、ポストカードを購入したので、掲載することにしました。「双」の旧字体「雙」が刻まれているようです。

次に、五幅対で展示されている掛け軸をご紹介しましょう。No.13《観音猿鶴図》(牧谿筆)の三幅、No.15《龍虎図》(伝牧谿筆)の二幅となります。寺内での組み合わせに準じて、No.15を加えた五幅対で鑑賞できるようになっている、とのこと。左から順に、虎図・鶴図・観音図・猿図・龍図。

🌹No.13 前期展示 国宝 観音猿鶴図かんのんえんかくず 牧谿筆 3幅 中国・南宋時代 13世紀 大徳寺蔵

(前略) 牧谿もっけいの代表作として知られ、高度な水墨技法により、微細な光と湿潤な大気を見事に描き表わしている。かつては室町幕府三代将軍の足利義満が所持していた。

国宝《観音猿鶴図》牧谿筆 3幅 中国・南宋時代 13世紀 大徳寺蔵 (うち《鶴図》ポストカードを撮影)
国宝《観音猿鶴図》牧谿筆 3幅 中国・南宋時代 13世紀 大徳寺蔵 (うち《観音図》ポストカードを撮影)
国宝《観音猿鶴図》牧谿筆 3幅 中国・南宋時代 13世紀 大徳寺蔵 (うち《猿図》ポストカードを撮影)

湿潤な大気とは言い得て妙です。なるほど、薄い褐色で表現された空間が湿った印象。《鶴図》を拝見した途端、その脚線美に魅了されました。(二十年近く前になりますが、) 鶴を描いたら、狩野永徳の右に出る絵師はいないのではないか、と国宝《花鳥図襖》(No.150) を初めて拝見した折、感服致しました。その襖絵も展示されています。

観音と猿と鶴の組み合わせには、どんな意味があるのでしょうか。   中国の古典詩では、猿と鶴は鳴き声を発する生物として扱われていました。(中略) 目を見開いて瞑想する観音は、まさにその音を観みみていると解されるでしょう。禅宗において音は、悟りを導く契機となるものでした。禅僧や知識人たちは、こうした白衣観音にみずからを重ね合わせて禅の修行に励んだものとみられます。

解説を読んで、観音様の目に注目しました。半眼というより、確かに見開かれているように見えました。

2025年開催【相国寺展】(東京藝術大学大学美術館)において《観音猿猴図》(狩野探幽筆、狩野尚信筆、狩野安信筆 1645年 相国寺所蔵)を鑑賞しました。その折に購入した《観音図》(狩野探幽筆) ポストカードの画像⇩と、本作《観音図》ポストカード⇧を並べて比較。観音様の風貌や衣の描線、坐る岩肌、纏う雰囲気が似ています。もしかしたら、探幽さんは本作《観音図》にインスパイアされたのでは…と思いました。

《観音図》狩野探幽筆 紙本墨画淡彩 江戸時代 正保2年(1645) 相国寺所蔵 (ポストカードを撮影)

No.15 前期展示 重要文化財 龍虎図 伝牧谿筆 2幅 中国・南宋〜元時代 13世紀 大徳寺蔵

龍と虎は古くより聖なる動物とみなされ、やがて仏法の守護神として取り入れられた。本作は『集古十種しゅうこじっしゅ』に「観音猿鶴図」(No.13) とともに掲載されるもので、江戸時代にはすでに五幅対として扱われていた。

大迫力!の龍虎図です。(江戸時代から5幅対として扱われていたとはいえ、対で制作された作品でないせいか、) 先の《観音猿鶴図》とは画風が著しく異なります。「牧谿筆」と「伝牧谿筆」の違いがそこに表れているようでもあり…。

第一章 大徳寺の開創

No.19 前期展示 国宝 宗峰妙超像しゅうほうみょうちょうぞう 自賛 1幅 南北朝時代 建武元年(1334)  大徳寺蔵

宗峰の頂相ちんそうのなかでも白眉と称される作。眉根を寄せて斜め手前を睨みつける相貌はきわめて特異である。(以下、割愛)

解説にある「頂相」は「肖像画」のこと。画面上部に自賛がありますが、単眼鏡が必要です。感情を露わにしている肖像画は珍しい。何か逡巡している表情にも見受けられます。

No.26 巻替 国宝 看読真詮榜かんどくしんせんぼう 宗峰妙超筆 1巻 南北朝時代 14世紀 京都・真珠庵蔵

宗峰の墨跡の代表作。法会の際に読むべき経典名などを記す。榜ぼう(掲示板)のために、手本として書されたとみられる。(以下、割愛)

「看読真詮榜」と二行に亘って記され、以下、一行に四字が配されています。一行中に大小はあるものの、字粒は大きく、ガラスケース手前に展示されていることも相まって、十数行を易々と鑑賞することができました。字体は行草書。豪放磊落な運筆に度肝を抜かれました。

No.35 前期展示 重要文化財 後醍醐天皇像  1幅 鎌倉〜南北朝時代 14世紀 大徳寺蔵

大徳寺を厚く外護した後醍醐天皇の肖像画。天皇影に臣下の姿を描き加えるのは類例がない。清涼殿の構図も特異で、天皇をはるかに仰ぎ見るかのようである。(以下、割愛)

後醍醐天皇は、歴代天皇の中で耳馴染みがいい、という理由で取り上げました。臣下と向かい合って座っている場面が描かれているので、通常の肖像画とは異なります。画面上部にモティーフを加えた構図も珍しい。

第ニ章 大燈禅の継承

No.60 前期展示 重要文化財 一休宗純像 自賛 宗辨禅人請 1幅 室町時代 15世紀   京都・酬恩庵蔵

医師の松井宗辨に付与された一休像。(以下、割愛)

昔々、一休さんのテレビアニメを見た記憶があります。当然、そんな子供の頃の一休さんではなく、髭を蓄え、口を引き結んだ壮年期の一休さんが描かれています。

No.62 前期展示 重要文化財 七仏通戒偈しちぶつつうかいげ  一休宗純筆 2幅 室町時代 15世紀 京都・真珠庵蔵

釈迦以前の七人の仏が共通して説いたという「七仏通戒偈」のうち、「諸悪莫作」「衆善奉行」を二幅に分けて行草書で大書したもの。(中略) 書き下し 諸もろもろの悪はなすなかれ 衆もろもろの善は奉行せよ

達筆な書家の筆勢とは異なり、あたかも喝を入れるような、勢いに任せた揮毫に気圧されました。

第三章 戦国武将と塔頭

🌹No.68 前期展示 重要文化財 仏涅槃図     狩野松栄筆 1幅 室町時代 永禄6年(1563) 大徳寺蔵

優に6メートルを超える巨大な涅槃図。鮮やかな極彩色によるもので、本紙の周囲も濃彩による牡丹文・唐草文が描表装かきびょうそうで表されている。松栄の作品の中では最大の法量を誇り、松栄 畢生ひっせいの大作と位置付けられる。

ガラスケース内の天井近くから垂れ下がり、奥行を利用して何とか展示できたという、設営時のご苦労が見て取れる大作。元信と永徳に挟まれ、上手い割に影が薄い、と以前は思っていましたが、こんなに見事な仏涅槃図を制作していたのですね。名だたる絵師がこぞって手掛けた画題でもあり、さぞや覚悟を持って臨んだのではないかと思う次第です。

松栄は狩野永徳の父。2025年開催【相国寺展】(東京藝術大学大学美術館)において《水辺花鳥図屏風》(六曲一隻 桃山時代 相国寺蔵)を鑑賞しました。これも良かった。

No.88 前期展示 織田信長像 狩野永徳筆    1幅 安土桃山時代 16世紀 京都・総見院蔵

衣冠束帯姿の威儀を正した信長像。様式的特徴からみて狩野永徳によるものと判断される。武家の正装姿を示す点からみても、天正10年(1582)10月に大徳寺で行なわれた信長の葬儀で掲げられた可能性が高い。

永徳は信長公に仕えた絵師。気品のある顔立ちながら、美化して描いたようには見えないので、この肖像画は信長公に酷似していたのではないでしょうか。

出品目録を閲覧すると、同じく狩野永徳筆、織田信長公の肖像画で、大徳寺が所蔵する《織田信長像》(No.87)が後期に展示されます。

🌹No.94 通期展示 国宝 大井戸茶碗 喜左衛門井戸 韓国慶尚南道 韓国・朝鮮時代 16世紀 京都・孤篷庵蔵 

戦国期、朝鮮半島からリアルタイムにもたらされた「高麗茶碗」に目が向けられるようになる。本作は、高台から力強く立ち上がった豪快な姿と見どころの豊かさから、井戸茶碗を代表する名品として評価されている。

ガラスケースに展示された本作は、四方から拝見することができます。素朴ながら、風格のある逸品。

第四章 江戸時代の名僧

🌹No.115 前期展示 国宝 曜変天目 中国・建窯 中国・南宋時代 12〜13世紀 京都・龍光院蔵

《曜変天目》の美しい映像を見ることのできるサイトを見つけたので、リンクを貼っておきます⇩

特別展「大徳寺」 戦国の美意識変えた国宝「曜変天目」と「大井戸」 - 日本経済新聞
京都の北、紫野の地に広大な寺域をかまえる大本山、大徳寺。今年、開創から700年の節目を迎えた。臨済禅の教えを伝え、一休宗純ら数多くの名僧を輩出。戦国武将らの信仰を集め、茶道や書道、作庭など日本の文化にも大きな影響を及ぼしつつ、現在まで法灯を...

監視員さんに誘導され、最小限に照明を落とした専用コーナーで、ガラスケースの周囲を回りながら鑑賞しました。群青色の地に浮き出た模様が神秘的で美しい。

ネット検索したところ、完全な形で現存する《国宝 曜変天目》は世界で3椀のみ。そのうちの1碗は、丸の内/静嘉堂文庫美術館が所蔵しています。(静嘉堂文庫美術館では、展示作品は原則撮影できますが、《曜変天目》は厳重に管理され、撮影できません。)

静嘉堂文庫美術館ミュージアム・ショップで購入したクリアファイルが手元に残っていました。国宝《曜変天目》をデザインしたクリアファイル(部分)を撮影⇩してご紹介しましょう。映り込みをご容赦ください。

No.120 通期展示 円相像 沢庵宗彭筆・賛 1幅 江戸時代 正保2年(1645) 大阪・南宗寺蔵

円相とは、円いかたちを描いて仏性などの絶対は的な真理や悟りの境地を表わしたもの。沢庵が亡くなる半年前の正保2年(1645) 6月2日に、画工に描かせた円相の中にみずから一点を加え、上部に賛文を書写して寿像とした一幅。

画工に描かせたと解説にありますが、真ん丸なのでフリーハンドではなさそうです。筆をコンパスのように細工して描いたのでしょうか。その円相の中に一点筆を入れただけの画。仮に自賛がなかったら、どう鑑賞したものか戸惑っていたでしょう。

第五章 禅宗美術の精華

―余談― 本展を振返ると、個人的には、この第五章に展示された作品群が最も魅力的でした。時間配分を誤って時間切れとなり、肝心要の屏風絵・襖絵を鑑賞する時間が殆ど無くなってしまいました😩 ご自分が観たい作品を予め20ほど決めてから来館しましょう! 詰めの甘い私はしくじりました😣

No.124 前期展示 達磨・臨済・徳山像  伝曽我蛇足筆 3幅 室町時代 15世紀 京都・養徳院蔵

禅宗の初祖である達磨と、左側には唐時代の臨済義玄、右側には同じく、徳山宣鑑の姿が描かれる。臨済と徳山はともに厳しい禅風で知られ、それを示すように、臨済は拳を握り、徳山は棒を持った姿で描かれる。

この3幅もインパクトがあります。膝の上で拳を握り、険しい表情を見せる臨済。厳しい表情を殺し、一見穏やかな顔を向ける徳山。共に古武士のような雰囲気を漂わせています。中幅の達磨は、地獄を覗いてきたのではないかと思うほど、常軌を逸した表情を見せています。

No.130 場面替 重要文化財 十王図 伝陸信忠筆 10幅 中国・南宋時代 13世紀 大徳寺蔵

十王は冥界で亡者の罪を裁き、次なる転生先を決定する十人の王。一幅ごとに十王の裁判の様子と、折檻される亡者の姿が表わされている。明度の高い彩色や細密な文様表現などに南宋仏画の様式的特徴がみられる。

右側から順に、秦広王・初江王・宗帝王・五官王・閻魔王をモティーフにした掛け軸が並んでいます。

本作またはNo.129《五百羅漢図》(重要文化財 中国・南宋時代)の何れかを取り上げようと思い、ボリュームの少ないNo.130にしました。展示作品を2時間超も鑑賞すると、感覚が麻痺してきて、重要文化財も簡単にパスしてしまうという贅沢。

🌹No.139 巻替 重要文化財 百鬼夜行絵巻 (部分) 伝土佐光信筆 1巻 室町時代 15世紀  京都・真珠庵蔵

器物の変化へんげや鬼など、さまざまな妖怪たちが闇夜にまぎれて行進する様子を描いた絵巻。(以下、割愛)

豊かな色彩を駆使した軽妙なタッチで、妖怪たちが練り歩く様子が生き生きと描かれています。絵師の技量にただただ感動しました。

🌹No.140 前期展示 重要文化財 釈迦三尊像 狩野正信筆 3幅 室町時代 15〜16世紀 大徳寺蔵 

岩上の釈迦を中幅に、獅子に乗る文殊と象に乗る普賢とを配した三幅対。狩野派の初祖である正信の作で、室町後期を代表する仏画として評価される。(以下割愛)

このあたりで気が急いてきて、歩きながら拝見したかと思うのですが、よく覚えていません。狩野正信筆なら当然、見応えのある三幅ですよね。

🌹No.141 前期展示 重要文化財 竹石白鶴図屏風 伝狩野正信筆 6曲1隻 室町時代 15〜16世紀 京都・真珠庵蔵

片側に重心を寄せた対角線構図の中に、餌をついばむ鶴を主要モチーフとして表わした花鳥図。 (以下割愛)

重要文化財 《竹石白鶴図屏風》 伝狩野正信筆 6曲1隻 室町時代  15〜16世紀 京都・真珠庵蔵

「伝狩野正信筆」という位置付けですか。岩肌を表現した筆の運びを拝見する限り、まさしく狩野派! 構図といい筆致といい、ここまで技量の優れた画家が弟子の立場だったとは考えにくいので、正信(もしくは後継者)が制作した作品なのでは?

🌹No.144 前期展示 重要文化財 芦雁図襖 旧養徳院方丈障壁画 小栗宗継筆 4面 室町時代 延徳2年(1490)  京都国立博物館蔵

先を急いでいたので、なんて上手いんだろう…と思いながらも、立ち止まって鑑賞できませんでした。

🌹No.146 前期展示 重要文化財 花鳥図襖 伝曽我蛇足筆 4面 室町時代 延徳3年(1491)   京都・真珠庵蔵

本作も同様、涙を呑んで通過しました😭

🌹No.148 前期展示 重要文化財 四季花鳥図 狩野元信筆 4幅 室町時代 永正10年(1513)   京都・大仙院蔵

重要文化財 《四季花鳥図》部分 狩野元信筆 室町時代  永正10年(1513) 京都・大仙院蔵 (ポストカードを撮影)

作品の部分を撮影したポストカードを見ただけでも、素晴らしい作品と分かりますよね。本作もほぼほぼパス。感想を書けず残念です。

🌹No.150 前期展示 国宝 花鳥図襖      狩野永徳筆 4面 室町時代 16世紀 京都・聚光院蔵

2017年秋、京都国立博物館で開催された《国宝展》において、本展で展示されなかった別の4面を鑑賞しました。《花鳥図襖》の真骨頂はそちらの4面になるかと思います。一方、本展で展示されている4面には鶴が描かれています。この鶴は一見の価値があります。

終 章 禅とともに ― 大徳寺三門の世界

No.156 通期展示 釈迦如来坐像 および 迦葉かしょう・阿難立像あなんりゅうぞう 釈迦如来坐像: 印慶作 室町時代・応永11年(1404) / 迦葉・阿難立像: 鎌倉時代・13〜14世紀 大徳寺蔵(三門安置) 

中尊は、南浦紹明なんぽじょうみょうが開いた龍翔寺りゅうしょうじの仏殿本尊として応永11年(1404)に仏師 印慶いんけいによって造られ、天正17年(1589)に三門上層が増築された頃に移座されたとみられる。従事する迦葉かしょう・阿難あなん 立像はさらに鎌倉時代にさかのぼると考えられる。

《釈迦如来坐像 および 迦葉・阿難立像》 釈迦如来坐像: 印慶作 室町時代・応永11年(1404) / 迦葉・阿難立像: 鎌倉時代・13〜14世紀 大徳寺蔵(三門安置) 
《釈迦如来坐像 および 迦葉・阿難立像》 別の角度から

唯一の撮影スポットとあって、多くの来館者がスマホを向けて撮影していました。

No.157 通期展示 千利休立像 頭部:天保11年(1840年) 体部:田中浄慶作 明治2年(1869) 大徳寺蔵(三門安置) 

頭部は利休居士りきゅうこじ250年忌に造られ、明治2年に裏千家11代 玄々斎げんげんさいから岡山藩家老の伊木忠澄いぎただずみ(三猿斎さんえんさい)に譲られたという。体部は背面裾に田中浄慶たなかじょうけいが模刻したと墨書が残る。三猿斎が亡くなった翌年、大徳寺に寄進された。

《千利休立像》 頭部:天保11年(1840年)  体部:田中浄慶作 明治2年 (1869) 大徳寺蔵(三門安置) 
《千利休立像》 別の角度から撮影

以上、印象に残った展示作品、撮影することのできた展示作品をご紹介しました。混み具合によりますが、所要時間の目安は3時間〜3時間半。

イベント・番組情報|【公式】開創700年記念 特別展 大徳寺|東京国立博物館
後醍醐天皇が「本朝無双之禅苑」と称した京都・紫野に広がる大徳寺。名僧、一休宗純や沢庵宗彭、戦国武将や茶人が育んだ禅と美の世界を一堂に。2026年10月、東京国立博物館で開催。

以下、公式サイトより抜粋しました⇩

 『大徳寺〜名宝が物語る禅の真髄〜』放送予定

  • 10月24日15:05〜 総合テレビ
  • 11月 1日16:30〜 BSP4K
  • 11月 7日11:00〜 BS1

日曜美術館『大徳寺 禅の美の頂点』放送予定

  • 10月25日 9:00〜 Eテレ
  • 11月 1日20:00〜 Eテレ

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