会期は2月15日から4月13日まで。入館料は一般1,700円。書簡・制作メモ等、一部作品の展示替・頁替が予定されています。前期は3月17日まで、後期は3月19日から。
開幕の翌週、平日11時に来館。10:00〜11:00の時間帯を除いて、展示作品の全てを撮影できます。章立ての構成に沿って、印象に残った展示作品をご紹介しましょう。尚、青緑色の文字で表記した箇所は、パネルまたはキャプションの解説から一部を引用しました。
プロローグ 1867年はじめてのパリ万博、若かりしガレの面影
No.3 コンポート 1867年頃 ポーラ美術館所蔵
12稜形や花形の脚台によって、コンポート自体がおおらかな形の花を思わせる。透明ガラスの表面には白や緑の花文様が、裏面には紫の唐草文様がエナメル彩で描かれ、表面と裏面が重なることでひとつの文様をなす。

緩やかな曲線、繊細な文様に忽ち魅了されました。21歳時にこれだけ完成度の高い作品を制作していたならば、10代の頃から将来を嘱望されていたことでしょうね。
第1章 ガレの国際デビュー、1878年パリ万博から1884年第8回装飾美術中央連合展へ
1877年に家業を継いだガレにとって、1878年のパリ万博は経営面・制作面で初めて指揮をとった国際デビューの機会となりました。バカラやサン・ルイなどの大手メーカーも出品した同万博の第19クラス(クリスタルガラス、ガラス、ステンドグラス)でガレは銅賞を受賞し、世界の大舞台で順調なスタートを切ります。(中略)本章では、パリに迎えられた初期のガレの様子をご紹介します。
No.7 脚付杯「四季」1878年 パリ装飾美術館
1878年パリ万博に出品されたのち、翌年パリ装飾美術館に購入された杯。本作品の主題は、四季と黄道十二宮(星座)で、四方に春夏秋冬を表す人物像による寓意面と、口縁を取り巻くように12星座の文字と星が刻まれ、エナメル彩と金彩とで絵付けされている。

パリ万博に出品された作品とのこと。思いの外小さく、会場で人目を引くには不利だったのではないか、と想像しました。
No.8 花器「鯉」 1878年 大一美術館所蔵
初期ガレ作品の中でも、ジャポニスム様式の代表格といえる花器で、1878年パリ万博出品モデルのひとつ。『北斎漫画』13編中の「魚藍観世音」図からモチーフを転用している。


信州小布施/北斎館のサイトに『魚藍観世音図』が掲載されていたので拝見しました。原画のダイナミズムを損なうことなく、鱗・ヒレがあでやかに、より装飾的に仕立てられています。梅花を模したような青・白・黒の文様が優美。パリ万博に合わせて幾つか制作したのでしょうか。
No.9 花器「バッタ」1878年頃 サントリー美術館所蔵
作品8と同形別意匠の作品。月光色ガラスを型に吹き込んで捻りのある畝状の凹凸をつけることで、形に躍動感をもたらしている。


まるで水中を泳いでいるかのように、バッタは6本の脚を存分に伸ばしています。長い触角も水流に委ねているかのよう…。何れもサントリー美術館所蔵かと思いましたが、No.8は本展のために借り受けたのですね。2作品を並べて展示する付加価値は大。
No.18 香水瓶「女神」1884年 ポーラ美術館所蔵
瓶の中央のメダリオンに車輪に乗った女神とラッパを吹く女神が描かれ、女神たちを取り囲む装飾文様が、本作に豪華な趣を与えている。

ロイヤルブルーを使用した気品ある作品。軽妙なタッチで描かれた女神の絵柄が、作品の堅苦しさを軽減しているでしょうか。
No.12 植込鉢「水景」1878年以降 サントリー美術館所蔵(野依利之氏寄贈)
植物を絡み合わせて縁や把手を構成した、優雅なデザインのファイアンス(軟質施釉陶器)の船形鉢。長側面には水辺の風景が細かなタッチで描かれる。

現代の感覚であれば、側面に描かれた風景は蛇足のような気も。最大限の技巧を凝らすことに心血を注いだのでしょうね。
No.24 置時計 1880年頃 サントリー美術館所蔵(菊地コレクション)
地面から立ち上がる植物のような形状で、曲線を多用した複雑な形が伸びやかに表現されている。一部に鳥の脚のような表現が見られることから、植物と鳥を融合した造形の可能性もある。

植物と鳥を融合した造形とは、何と自由な発想でしょう。真っ白も素敵ですが、青色を施した加減が良いですね。実用性を凌ぐ装飾性こそ、最たる贅沢かと。

No.27 花器「黄水仙」1884年 個人蔵
デザインの盗用を恐れて、1882年8月24日、ガレはデザイン画29点の意匠登録をナンシー労働裁判所に申請した。この花器のデザイン画もそのうちの1枚に含まれていた。

デザイン画の意匠登録を申請したとキャプションにありますが、いつの時代もデザインの盗用は付きものなのですね。当時の法的保護は国内に留まっていたのでしょうか。才能あるデザイナーにとっては悩ましい問題だったのでしょうね。
第2章 1889年パリ万博、輝かしき名声
真の意味で輝かしい成功を収めたのは1889年のパリ万博でした。ガラスに対する科学的な研究を重ね、新たな素材と技法を開発し、およそガラス作品300点、陶器200点、家具17点という膨大な出品作品と2つのパヴィリオンを準備したガレは、ガラス部門でグランプリ、陶器部門で金賞、1886年に着手したばかりの家具部門でも銀賞を獲得し、大成功を収めました。
No.39 モスクランプ風花器「蝙蝠・唐草」1889年 サントリー美術館所蔵(菊地コレクション)
イスラームのモスクで使用されるランプを形と装飾の範とした作品。

大作でもあり、目立つ作品です。側面に付いている装飾的な耳は、何か用途があったのでしょうか。青色と金色の組み合わせが映えます。

No.40 花器「ジャンヌ・ダルク」1889年 大一美術館所蔵
ガレが1889年のパリ万博で発表した黒色ガラスを使用した大作で、フランスの愛国心を象徴するヒロイン、ジャンヌ・ダルク(1412頃−31)が彫り描かれている。


本展の筆頭に挙げたいほど、高級感・重厚感のある作品。来場者が代わる代わる撮影していました。サントリー美術館と同じく、大一美術館も良い物を所蔵していますね。剣を掲げる馬上の人と言えば、先ずジャンヌ・ダルクを思い浮かべますよね。
No.44 花器「蜻蛉」1889年 サントリー美術館所蔵
黒色ガラスを用いたシリーズをガレは「悲しみの花瓶」と称した。本作では、頭から落下する一匹の蜻蛉と、その姿がうっすらと水面に映り込む様子を、写実的に彫り出す。

モチーフは花弁かしら…と思ってキャプションを拝読。頭から落下する一匹の蜻蛉を描いた異色作だったとは。その姿がうっすらと水面に映り込む様子まで描く発想が非凡ですよね。
No.50 鉢「インゲン豆」1889年 パリ装飾美術館所蔵
1889年パリ万博出品の翌年、パリ装飾美術館の収蔵となった鉢。基底部に、ガレのサインと「ナンシーのファイナンス工場」との文字が刻銘される。

東洋の鉢と思いきや、これもガレの作品。多彩なラインナップです。全体の色味は茶系。インゲン豆のさや・葉っぱは、緑色に茶色を塗り重ね、やや重い印象に仕上げています。
No.51 鉢「蜻蛉」 1889年 個人蔵
1889年パリ万博出品モデル。褐色、緑色、黄色に発色する釉薬をかけて焼成したファイアンスに、蜻蛉の姿を浮彫りで表し、周辺をのみで切り出したような円形のカット文を巡らせた鉢。

キャプションにあるのみで切り出したような円形のカット文が日本の工芸品を彷彿させます。モチーフとして蜻蛉が度々登場しますね。
No.53 花器「年輪」1889年頃 個人蔵
1889年のパリ万博出品モデル。

側面に施された金色・白色の装飾が年輪を表現しているのですね。ゴツゴツした質感、たっぷり掛けられた釉薬が印象的です。
No.68 花器「おだまき」 1898−1900年 サントリー美術館所蔵(菊地コレクション)
おだまきの花を装飾と器の形態の両方に取り入れた花器。

おだまきを知らず、ネット検索しました。可憐な花ですね。真ん中の花弁は白色、周囲の花弁は紫色。本作のモチーフは西洋おだまきでしょうか。器の形態もおだまきの花、とのことですが、口の部分は真ん中の花弁を、脚部は周囲の花弁を模しているように見受けられます。
第3章 1900年、世紀のパリ万博
1900年のパリ万博は、フランス史上、最も華やかな国際舞台となりました。しかし実際には、地方都市には何の利益ももたらさないといった反対の声もあり、このとき中心となって声を上げた都市のひとつがガレの故郷ナンシーでした。この頃のガレは、もはやナンシーの一市民であるだけでなく、フランスを代表する装飾芸術家としてパリでの地位を固めつつありました。(中略) 本章では、ガラスと家具の部門でグランプリに輝いた1900年パリ万博の頃の作品を中心に、ガレの傑作の数々をご紹介します。
No.71 昼顔形花器「蛾」1900年 サントリー美術館所蔵
ムラサキシタバとホウジャクが昼顔の花に集う様子を器にした作品。

蛾をテーマにした作品は、炎に群がる『炎舞』(速水御舟)が有名ですが、蛾をモチーフにした作品は滅多に見掛けません。種類を特定できるほどリアルに描かれた蛾はなんと美しい…。昼顔の花を模した口が形成する影も素敵。
No.70 聖杯「無花果」 1900年 国立工芸館所蔵
1900年パリ万博出品モデル。

聖杯には色々な意味があるようなので、用途は特定できず…。一見しただけでは無花果というネーミングも摩訶不思議。
No.81 花器「おだまき」1898−1900年 サントリー美術館所蔵
濃紫色、淡紫色、黄褐色のガラスがグラデーションをなす器に、マルケトリ※1とエングレーヴィング※2によっておだまきの花を表す。花弁や葉の下に挟み込まれた金属箔が華やかである。

No.68とは制作年が重なるようなので、趣向を変えておだまきをモチーフにしたのですね。
※1 家具や工芸品の制作で用いられる「象嵌細工(寄木細工)」を指しますが、ガレはこの技法をガラスに応用しました。加熱したガラスの表面に別のガラス片を貼り付け、再加熱して本体になじませて、あたかも象嵌細工のような効果を生み出したのです。 (『小樽芸術村』サイトから引用)
※2 版画技法。銅版画は、凹版を製版する技法によって直刻法と酸腐蝕法に大別できるが、これは前者の内の一つで最も単純なもの。銅版にビュラン(断面が正方形か菱形の刃をもつ彫刻刀)で線刻し、そのV字型に彫られた凹部にインキをつめ、プレス機で紙に刷り上げる。ビュランで版材を完全に削り取ってしまうので、ドライポイントのようなまくれもエッチングのような腐蝕による線のくずれもない、冷たく硬質な線が最大の特徴である。(『徳島県立近代美術館』サイトから一部引用)
No.73 花器「カトレア」1900年頃 サントリー美術館所蔵
溶けたガラスを貼り付ける溶着の手法とエングレーヴィングを駆使し、カトレアの花を立体的かつ写実的に表現する。表面では大輪の花を咲かせるカトレアが背面では弱々しくしおれており、器の表と裏で生と死の表裏一体が表されている。


展示したり飾ったりする目的であれば、咲き誇るカトレアが常に前面にくるのでしょうね。死をなるべく前面に出さない現代日本の風潮が脳裏をよぎりました。
No. 83 大杯「くらげ」1898−1900年 サントリー美術館所蔵(菊地コレクション)
海中をただよう海藻とくらげの群れが彫り表された堂々たる脚付杯。

真っ黒な地に、赤色の線描、青色の滲みがアクセント。シックな杯のモチーフが海藻とくらげの群れとは意外でした。
No.88 花器「風景」1900年頃 サントリー美術館所蔵
オレンジ、黄緑、紫、白、淡青色のガラスを帯状に重ねた円筒形の胴部に、家屋をマルケトリで表す。その周囲を取り囲む樹木は器から飛び出さんばかりの立体感をもって表される。

ストライプが目に留まり、先ずキャプションを拝読。なるほど樹木を表現したのですね。うねるような下部の飾りは、地下を巡る何かを表現したのでしょうか。
No.90 鉢「クレマチス」 1889年頃の意匠 パリ装飾美術館所蔵
この鉢は、第5代フランス共和国大統領マリー・フランソワ・サディ・カルノーの息子で、装飾美術中央連合の会長を務めたフランソワ・カルノーが、1951年にパリ装飾美術館に寄贈した作品。大統領であった父から譲り受けた作品と推測されている。

ターコイズ・ブルーが印象的。黒色との取り合わせが素敵です。開花したクレマチス、蕾のクレマチスがバランスよく配置されています。
No.87 花器「木立」 1900年頃 サントリー美術館所蔵(菊地コレクション)
ガレは工場の扉に「我が根源は森の奥にあり」という言葉を掲げていた。様々な動植物の生命の神秘が宿る森は、ガレの芸術の源であった。

この脚部も何かの花弁を象っているようですね。鬱蒼とした森をモチーフにしているためか、独特の雰囲気を纏っています。
No.89 ジョッキ「ホップ」 1894年 サントリー美術館所蔵(菊地コレクション)
ホップをモチーフとした作品。身には陽刻と陰刻を併用してホップの実と葉を表し、金属製の把手はホップの蔓が絡まる様を模している。

ホップはつる性多年草なのですね。ジョッキとして実際に用いられたことはないと思いますが、仮にこんなお洒落なジョッキで飲んだら、一層味わい深いでしょうね。
No.95 飾棚「落日」 1890−92年 サントリー美術館所蔵(菊地コレクション)
本作でも、上段の背板や棚の支柱に芥子の実がモチーフとして取り入れられている。

下段前面には日没を迎える海が描かれています。家具のデザインまで手掛けたとは、旺盛な創作意欲です。
No.94 ティーテーブル「こうほね・蜻蛉・睡蓮」1890−1900年頃 サントリー美術館所蔵
本作では、上下の天板に象嵌技法でこうほね※、蜻蛉、睡蓮が表されているほか、天板のフレームや脚も植物の形に着想を得たデザインとなっている。

※スイレン科コウホネ属に属する水草の一種とのこと。
ティーテーブルのようでもあり、ワゴンのようでもあり。ユニークな造形ですね。
エピローグ 栄光の彼方に
新しい世紀を迎えた1901年あたりから、彼は療養を繰り返すようになりました。そして1904年9月23日、白血病によってその人生に幕を下ろします(享年58)。ここでは、ガレの最晩年にあたる1901年からの4年間、おそらく死を覚悟していた彼の心情と、独自の芸術のために奔走し、その人生を捧げた、ガレの集大成とも言える作品をご覧いただきます。
No.108 花器「サクラソウ」 1900−04年頃 個人蔵
「春の始まり」を意味するラテン語から名づけられた「プリマヴェーラ(サクラソウ)」は、生命の永遠なる再生の象徴として、ガレの作品に度々取り上げられた。

ガレ作品に対する従来のイメージは、本作やNo.73《カトレア》のように華やかなもの。本展を拝見し、華やかな作品よりむしろ、重厚であったり深遠であったり…そんな作品が多い印象です。
No.107 ランプ「ひとよ茸」1902年頃 サントリー美術館所蔵
小さく短命なひとよ茸の成長過程を三段階に分けて巨大化し、当時最先端の家具であったランプに仕立てた、ガレ晩年の大作。

明るく灯る本作は大作でもあり、遠目にも展示室で目立ちます。時間の経過を表現したひとよ茸に仮託したのは、余命を悟った自らでしょうか。
No.109 脚付杯「蜻蛉」1903−04年 サントリー美術館所蔵
繊細なエングレーヴィングを施した写実的な蜻蛉や、その影が溶けこんだ大理石のような素地など、ガレが編み出してきた様々な表現技法が駆使された作品。

亡くなる前々年〜前年に制作されたとは信じ難い完成度です。化石?と見紛うほどリアルな蜻蛉の羽。透き通る羽をどのように制作したのか、興味は尽きません。
以上30点ほどご紹介しました。展示作品の総数は110点。その殆どがエミール・ガレの作品です。是非、会場でご覧ください。《没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ》展の会期は4月13日まで。
![]() | 価格:4400円 |

