副題は『海を越えた江戸絵画』。会期は7月25日から10月18日まで。観覧料は一般2,300円。
開幕した翌週、平日に来館しました。正門前に9時頃到着。既に50人ほど並んでいます。開館は9時半ですが、5分前に入場することができました。この時刻はまだ凌ぎやすい暑さですが、有難い。肖像権を侵害しそうなので、正門前での撮影は見送りました。(帰路、撮影した画像⇓を掲載します。)

章立ての構成。一部作品を除き、展示作品を撮影することはできません。章に沿って、印象に残った作品をご紹介しましょう。尚、茶色の文字で表記した箇所は、展示室内の解説より(一部)引用しました。
プロローグ 大英博物館と「日本」をつないだ貢献者たち
割愛致します。
第1章 花開く江戸絵画
1−1 江戸時代以前
割愛致します。
1−2 江戸時代前期
🌺no.28 秋冬花鳥図襖 狩野 宗眼重信 桃山時代末〜江戸時代初(17世紀初) 紙本着色金銀彩 襖四面 大英博物館蔵
画面の左から右へ、秋から冬へと季節が移ろう。左端には、楓の木の下に佇む雁と芙蓉の花が描かれ、その隣には雪をいただく檜。さらには葦や笹に縁取られた水辺が広がり、鴨や千鳥が集う。右端には白椿が華麗に花を咲かせている。自然を吉祥的に表した理想化された景観といえる。場面はno.29《春景花鳥図襖》へと続く。

他の展示作品の映り込みをご容赦ください。次に、左側から1面ずつ高倍率(3.5倍前後)で撮影した画像をご紹介しましょう。
楓の木の下に佇む雁ですね。同じ対象に気を取られているようです。

こちらは雪をいただく檜ですね。

水辺に集う鴨。くつろいでいる様子が見て取れます。

水辺に集う千鳥。どんな会話を交わしているのでしょう。

🌺no.29 春景花鳥図襖 狩野 宗眼重信 桃山時代末〜江戸時代初(17世紀初) 紙本着色金銀彩 襖四面 個人蔵
no.28《秋冬花鳥図襖》から続く場面が描かれている。左から紅白の椿、白梅、鶯、雪どけ水の奔流と春の兆しが感じられる。場面は一気に満開の桜に包まれ、春爛漫へと季節は推移する。雉子の雛は8羽と子だくさんで、多産への祈りが込められている。金銀の切箔・野毛や砂子は手が込み、画面全体に輝いて夢幻的な雰囲気を生んでいる。

本作も映り込みを免れることはできません。次に、左側から1面ずつ高倍率(3.5倍前後)で撮影した画像をご紹介しましょう。
白梅と鶯。

雉子の親鳥・雛たち。8羽の雛がすっぽり隠れることのできそうな親鳥の羽。

孔雀。険しい顔つきをしています。甲高い鳴き声が聞こえてきそうな口の開き。

満開の桜。深緑色の幹にも、若々しい生命力を感じます。

🌺no.30 名所風俗図襖 (三保松原・清見寺) 狩野 宗眼重信 桃山時代末〜江戸時代初(17世紀初) 紙本着色金泥引 襖四面 個人蔵
画面下部には三保松原が続き、右下には野生の馬(三保神社を象徴する神の使い)が、その上方には塩田の浜と清見関が描かれる。左に目をやると、清見寺の茅葺屋根の山門と御堂が見える。左方には駿府からの旅人や網引く漁師。往来する人馬や茶店など、当時の風俗が生き生きと描き出される。東海道の宿場を描く最古の作品としても貴重である。


同じ絵師ながら、先の屏風とは画風が異なっていますね。人物の表現は今ひとつ?
🌺no.31 琴棋書画 仙人図襖 狩野 宗眼重信 桃山時代末〜江戸時代初(17世紀初) 紙本金地着色 襖四面 シアトル美術館蔵
連続する庭園景のなかに、15人の唐風人物を描く。左側の3面には、文人の教養を示す四芸(琴・棋・書・画)が描かれ、右端の一面に描かれた、道教仙人の張果老が瓢箪から馬(駒)を出現させる場面と対照をなす。(以下、割愛)




この襖絵は、特に興味深く拝見しました。テレビで中国の歴史ドラマを視聴すると、四芸 =『琴棋書画』を身に付けた教養人がしばしば登場します。
展示室を退出。順路に従い、エスカレーターで上階へ。
1−3 江戸時代中期から後期、そして明治へ
江戸時代中頃になると、町人たちの嗜好を反映して、庶民の趣味や風俗を描いた浮世絵が隆盛を迎えるとともに、円山応挙の写生派や円山・四条派をはじめ、文人画や琳派など、各流派や画家たちの個性が大きく花開いた。
🌺no.34 隅田川長流図巻 中巻 狩野休栄 宝暦〜明和年間(1751−1772) 紙本着色 全三巻のうち一巻
隅田川の景観を描いた絵巻は、一昨年〜昨年、幾つか拝見しました。本作も味わい深い作品です。上下幅の約1/4は対岸の景観。残る3/4に川面・橋を往来する人々・橋桁が精緻に、時にダイナミックに描かれています。隅田川に漕ぎ出た沢山の小舟や、木材を筏に組んで運ぶ人の姿も。絵巻の右から左へ視線を移すにつれ、川下りを楽しんでいるかのような錯覚に囚われます。監視員さんに「上・下巻への展示替」の有無を尋ねたところ、「全期間、中巻のみです」とのこと。
🌺no.42 鍾馗に鬼図 (描表装) 柴田是真 慶応元年〜明治3年(1865−1870) 絹本着色 一幅
(前略) 本図では、目を大きく見開いて睨みつける鍾馗の気迫に、2体の鬼は恐れおののき、金粉の雲を巻き上げながら画面の外へ転げ落ちる。是真は鬼を表装の一部に描くことで、遊び心と大胆さを備えた視覚的効果を生み出した。
2025年秋、東中野/東京黎明アートルーム【柴田是真】展にて《鍾馗鬼図》2点を拝見しました。それらと比較しても遜色のない見事な作品かと思います。
🌺no.43 雪中鷲図 柴田是真 万延元年〜明治24年(1860−1891) 絹本墨画淡彩 一幅
拝見した刹那、宮本武蔵作品を想起しました。冷徹な鷲の表情に、目が釘付けになります。幹を掴む逞しい脚もリアル。若冲の描く鶏のように、つぶさに観察しなければ表現できないであろう鷲の姿態が斬新です。鷲に狙われていることに気付いたのか、速筆で表現された小動物に緊張が走ります。
🌺no.45 1854年、米国使節ペリー提督来朝図絵 樋畑翁輔、高川文筌 安政元〜5年(1854−1858)頃 紙本着色 一巻
(前略) 本作は再来航時の写生をもとに、後年 絵巻の形式の本画を制作したもの。異国船、航海中に亡くなった乗組員のための葬列と墓石、横浜での饗応の様子など、近代化の幕開けにおいて異文化同士が出会う場面を鮮やかな色彩で描出している。
歴史的に重要な場面が主題に選ばれているため、取り上げてみました。日本史の授業を通して、1853年の来航はつとに知られていますが、翌年も来航していたのですね。(その辺りは記憶から抜け落ちています。) 幕府の役人・使節団が協調して行事を遂行する様子を興味深く拝見しました。
🌺no.46 狐の嫁入り図 芳園平吉輝 明治3〜13年(1870−1880)頃 絹本着色 一幅
縦長の画面に、蛇行しながら進む40〜50匹の狐の行列が描かれています。上空には、いびつな白い月。夜も深まった時間帯でしょうか。「嫁入り」という儀式が粛々と執り行われています。裃を着て提灯を提げた狐たちがどこかユーモラス。消えた提灯に火を灯す狐も描かれ、その芸の細かさに笑いを誘われます。
🌺no.50 虎の子渡し図屏風 円山応挙 天明元〜2年(1781−1782) 紙本金地着色 六曲一隻
(前略) 中国の故事に由来する「虎の子渡し」は、虎が3匹の子を産むと、必ず獰猛な子虎が1匹おり、兄弟を殺そうとする。そのため、母虎は、その子虎と2匹だけにしないように7度に渡って行き来して川を渡る、という話。描かれているのは、母虎が最初に運んだ子虎をもとの岸に連れ戻し、2匹目の子虎を対岸に渡している場面。

表情を見ても推測できますが、右端が獰猛な子虎ですね。帰宅後、頭の体操に、石を三つ使って試してみました。この場面は、母虎5度目の渡河、となりますね。5度で終わりにしても良いのでは…とチラッと思いましたが、兄弟を害する獰猛な子であっても、母虎は等しく可愛いのでしょうね。
2025年秋、日本橋/三井記念美術館にて《円山応挙 革新者から巨匠へ》を鑑賞。応挙作品を堪能しました。勝手な感想を申し上げますと、本展で拝見した応挙作品4点は、海外へ渡って本当に勿体ない…という感じではなく、ホッとしました。
第2章 浮世絵 ― 江戸の「いま」を映す万華鏡
(前略) 「浮世」は「今」を意味し、太平の世において人々の関心が当世風俗や遊楽へ向かうなか、浮世絵は江戸オリジナルの展開を始めたのである。肉筆画が比較的裕福な人々の鑑賞物であったのに対し、版画は絵師・彫師・摺師の分業により効率よく生産され、安価に広く流通し、庶民に至るまで絵を楽しむことができるという世界にも稀な文化を形成した。(以下、割愛)
2−1 錦絵〜八大浮世絵師〜
錦絵とは、浮世絵のなかでも高度な多色摺技法で制作された木版画を指す。墨の一版だけを用いた素朴な墨摺絵から始まった浮世絵版画は、筆を用いた手彩色や2−3色程度の版彩色を経て、ついには錦絵に達して浮世絵の黄金期を導くのである。(以下、割愛)
タイトルにある『八大浮世絵師』とは? 出品目録を閲覧。展示数の多い浮世絵師を挙げると、
①鈴木春信(展示数10点) ②鳥居清長(展示数9点) ③喜多川歌麿(展示数13点) ④東洲斎写楽(展示数11点) ⑤初代歌川豊国(展示数10点) ⑥葛飾北斎(展示数24点) ⑦歌川広重(展示数19点) ⑧歌川国芳(展示数13点)
展示数で『八大浮世絵師』を決めて良いものか分かりませんが、ご参考まで。
混雑しているため、最前列で作品を鑑賞するなら、相当な時間を要することになります。私はざっと流し、自分の好きな北斎作品・広重作品を重点的に鑑賞しました。
🌺no.113 寄辻君恋 喜多川歌麿 寛政6〜7年(1794−1795)頃 大判錦絵 一枚
夜鷹とも称された「辻君」は、辻に立ち客を引く最下級の遊女。高位の遊女や若い娘だけではなく、名もなき女性をも大首絵の題材とした点に歌麿の真骨頂があるだろう。画中の「正銘 歌麿筆」「本家」の落款には、この頃 蔦重との仕事から離れた歌麿の独立した気概を感取できる。
ざっと流して見た中、思わず立ち止まって拝見した一枚。遊女の面差しには貫禄さえ感じられます。「正銘 歌麿筆」の達筆さに感服しましたが、絵師だけでなく彫師の腕前も大いに関係してきますか…。
展示室を退出。エスカレーターで上階へ。
こちらの展示室はのっけから、葛飾北斎《冨嶽三十六景》シリーズ5点が展示されています。なんて贅沢な🤗 何れの作品も素晴らしく、仮に撮影可であれば、5点全てをご紹介したい位です。
🌺no.146 冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏 葛飾北斎 天保2年(1831)頃 横大判錦絵 一枚
(前略) 美人画や役者絵が中心であった出版界で、本シリーズは時に誇張が過ぎる北斎の個性が見事に大衆の好みと合致したことで、風景画として空前の大ヒットとなった。また このシリーズは舶来のベロ藍を積極的に用いた「藍摺」として売り出された。木版は最も早い段階の摺で、主版による輪郭線もシャープで美しい。
葛飾北斎と言えば、真っ先に《神奈川沖浪裏》を連想する向きも多いのでは。はて?と思う方は、千円札を裏返してみましょう。
no.155〜no.158も大層見応えがあります。その中から1点ご紹介しましょう。
🌺no.155 諸國瀧廻り 和州吉野 義経馬洗滝 葛飾北斎 天保4年(1833)頃 大判錦絵 一枚

本作は初見でもあり、取り上げてみました。大胆に用いられた鮮やかな赤が効果的。珍しい主題に加えて、見事な構図に目を奪われます。
🌺no.171 東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景 歌川広重 天保4〜6年(1833−1835)頃 横大判錦絵 一枚

大名行列の先頭が太鼓橋から姿を現した場面。橋の手前には、天秤棒に桶を提げた棒手振り(行商人)が数人集まっています。空に棚引く雲が美しい。
🌺no.170 東海道五拾三次之内 日本橋 行列振出 歌川広重 天保4〜6年(1833−1835)頃 横大判錦絵 一枚

来館するまで、《日本橋 朝の景》に別バージョン《日本橋 行列振出》があることを存じませんでした。解説によると、こちらが後摺り。空の表現も随分変化しています。個人的には《日本橋 朝の景》のうち、空に棚引く雲を表現した初摺りを好ましく感じます。
🌺no.180 名所江戸百景 大はしあたけの夕立 歌川広重 安政4年(1857) 9月 大判錦絵 一枚
俯瞰の構図が印象的な作品で、線の太さが異なる2種の版で摺られた雨は、写実的で実在感のある表現となっている。対岸近くにある二雙の船が無い後版も知られており、広重の作品にはこのような異版の例が比較的多く指摘されている。
2025年夏、広尾/山種美術館【江戸の人気絵師 夢の競演】において、この《大はしあたけの夕立》を鑑賞しました。ご参考まで、その折に掲示されていた山種美術館の解説⇓も引用しましょう。
広重の最晩年を飾る大シリーズ《名所江戸百景》の中でも、本図はオランダの画家ゴッホが模写したことでよく知られる。隅田川下流に架かる新大橋を空中から見下ろした俯瞰的な景観だが、岸を斜めに配したことで、画面に大きな動きが出ている。土砂降りの夕立で遠景が煙る中、対岸の安宅の御船蔵の白壁がかすかに見える。空の雨雲の不規則なぼかしには、摺師の高い技術がうかがえる。
🌺no.183 名所江戸百景 両国花火 歌川広重 安政5年(1858) 8月 大判錦絵 一枚

この《両国花火》も、同じく2025年夏、山種美術館で鑑賞しました。2点を拝見したに過ぎないのですが、『名所江戸百景シリーズ』のクオリティの高さに感服しました。本展では、このシリーズが4点も展示されています。どうぞ、お見逃しなく。
🌺no.191 相馬の古内裏 歌川国芳 弘化2〜3年(1845−1846) 大判錦絵 三枚続
原作では数百の骸骨が戦闘を繰り広げるという内容だが、ここでは大きな骸骨となっている。(中略) 三枚続は1図ずつでも構図が独立するよう描くのが通常であったが、国芳はその慣例に従わず横長の画面を一杯に使って迫力ある作品を多く生み出した。

スケールの大きい国芳作品も非常に見応えがあります。今思い返すと、もう少し時間をかけて、国芳作品を鑑賞すれば良かったかな。
2−2 肉筆浮世絵
(前略) ここでは、大英博物館が所蔵する200点以上の肉筆浮世絵から、菱川師宣が描いた絵巻、葛飾北斎の掛幅、さらには歌麿最晩年の大幅《文読む遊女》など選りすぐりの名品を紹介する。(以下、割愛)
🌺no.65 文読む遊女 喜多川歌麿 文化元〜3年(1804−1806)頃 紙本着色 一幅
正装した遊女が文を読む姿を描いた大作で、唇が笹色紅※であることや、髷の大きさ、そして下あごの膨らみから最晩年の作品と推定される。(以下、割愛)

※「笹紅化粧」について解説しているサイトのリンクを貼っておきます⇓

気になるのは、彼女が一心に読む文の差出人。文を持つ華奢な白い手に、遊女の純情が垣間見えます。本作の表装も手書きですね。絵師自らの手によるものか、表具師の手によるものか。
🌺no.74 骸骨遊戯図 河鍋暁斎 明治4〜22年(1871−1889) 絹本淡彩 一幅
河鍋暁斎を知ったのは、2017年、渋谷/Bunkamuraで開催された【これぞ暁斎】展。その頃の趣味も絵の鑑賞でしたが、こんな凄腕の絵師をついぞ知らなかったことにショックを受けました。私の中では、葛飾北斎の弟分、と勝手に位置付けています。両者の生まれた年には、祖父と孫ほどの開きがあるんですけど。
🌺no.78/79 職人尽図巻 菱川師宣 貞享元年〜元禄7年(1684−1694)頃 絹本着色 二巻
菱川師宣は浮世絵の始祖と位置付けられる絵師で、本作は当時の種々の職人の姿を中心に2巻に構成した図巻。(中略) 師宣は、文化の中心が京から江戸へ移行しつつある時期に、このような絵を描くことによって、江戸ならではの風俗を描くという浮世絵の方向性を定めた。
展示ケース前の壁面に、巻物に描かれた職人たちの職種が明記されています。「菓子屋」「染物屋」「弓師」「紙漉」「檜物師」「木挽」「大工」 関連のない職種も隣り合わせに掲載されています。
以上、印象に残った展示作品をご紹介しました。所要時間の目安は3時間〜3時間半。
余談①―拝見するかしないか、私はかなり明確に分けました。作品を限定して鑑賞するなら、2時間半で廻れるかも。私は、解説をノートに転記するのに大分手間取ってしまいました(^_^;)
余談②―東京都美術館に、平日の混雑状況を事前に照会したところ、「午前中は行列ができますが、お昼過ぎは比較的空いています」とのことでした。実際、私が美術館を後にした13時前、来場者はまばらでした。東京都(近郊)在住または宿泊予定の旅行者であれば、早めに昼食を済ませて午後一番に来館するのが得策、と思います。
余談③―ミュージアム・ショップで、このクッキー缶⇩を買いたい!と思っていたのですが、ポストカード7枚を購入したら約1,500円。完全に予算オーバーなので諦めました。手に取ってみたら、小さいながら美しい缶でした。

